日露戦争後、自然主義文学も盛んになり、また大正ロマンと言われる文化も現れることになる。この戦争当時にも与謝野晶子の『君死にたまうことなかれ』など、国家政策に反することも見られるようになる。そして、一方では日比谷焼き討ち事件、また一方では天皇の暗殺をねらったと言われる大逆事件などか起きる。これに竹久夢二なども取り調べられる。幸徳秋水はこの事件で処刑されたが、荒畑寒村などの社会主義運動は続けられた。そして、世界は不安定であり欧州のバルカン半島セルビアでのオーストリア皇太子に向けられた一発の銃声から、第一次世界大戦(1914)になる。日本は日英同盟の関連から参戦するが主戦場はヨーロッパであり、日本は比較的傍観者的であり得た。この間ロシアでレーニン率いるボリシェビキがロシア社会主義革命(1917)を起こし、ソビエトが誕生する。これは後の冷戦に繋がる発端であるが、裏話として、この社会主義者レーニンに日本政府は革命資金を送っていたと言う話がある。国内では社会主義者を弾圧するのだか、ロシア弱体化させるためにはレーニンにも資金を送るということもするのである。歴史は単なるイデオロギーなどたけではないのである。政治、外交では表にでない権謀術策を駆使するのは、今も昔も別に珍しいことではなく、むしろ日常である。だから、国政を預かる政治家は素人の馬鹿では困るのである。