人間の歴史を見渡せば、そこにこの地上に無限と言ってよい、人間の命、生命のある生き物が存在し、また消えてゆく。まさに『方丈記』。この真実から深くものを考え、真実にいささかでも近づいて、この世を去るものもいるが、ほとんどのものは愚かにも、何も知らず何も考える事もできず、ただただ目の前の毎日に良いの、悪いの、嬉しいの、悲しいの、気持ちいいの、気持ち悪いの、などなど、愚かで馬鹿な、産まれ生きていても、まったくお寝ぼけの勘違いの一生を終えるものも無限にちかい膨大な数いるだろう。優れた者も愚劣な奴もこの世に存在してしまうのがこの世の宿命。愚劣な奴の中でも自分が愚劣であることに気がついているが、妙な性格が災いして、どうしたら良いか本心ではさ迷っているものもいる。もちろんどうしようもならない根っからの馬鹿もいる。そして、それぞれの行くべきあの世へ、その生を終えそれぞれ向かう。歴史はこれを繰り返しているに過ぎないのかもしれない。ほとんどの人間は自分が馬鹿だとは思いたがらない。だから嘘でも褒められたがるのだ。しかし、仮にやりたいこと、面白い事をやってても、馬鹿は馬鹿なのだ。(笑)何でも平等と今の時代は勘違いの時代なのかもしれない。