こと合唱においては 「三人寄れば文殊の知恵」 ということはない。


まともに歌えていない者が大勢集まったところで、大人数の相乗効果により良い演奏ができるものではない。特に音程がそうだ。音程の悪い声が集まったところで音程が良くなるはずがない。

どうすればよいか、答えは明白である。時間をかけてでも一人ずつ歌わせ音程の悪い者を洗い出しする。抽出された者に対しては徹底的に指導する。

私は毎年定演を聴きに来てくれる友人に対してレベルの低い演奏で恥ずかしい思いをしている。

2021年の定期演奏会まで演奏曲目が決まっているが、ここらで自分らの能力を見つめ直してはどうか。
団員の高齢化が進み、一年かけてもS席5千円に対して最低レベルの演奏もできない状況に陥っている。

今年のドイツ・レクエムにせよ、二年後に控えるロ短調ミサを計画するなど片腹痛い。

指導者の交代も視野に入れ、自分らを見つめ直したほうが良い。

とくに指導者、なぜ合唱団の音程に対して厳しく言わない?音程が悪ければその場でその日のうちに直るまで指導しなければダメでしょ。高齢の団員ばかりだから言うことを憚っているのか。もしくは指導者自身の音楽的欲求は『北』の方で満たしているから、ここでは適当にやっているのか。

練習時に対訳をいちいち読ますのもいただけない。そんなものは家で徹底的に読んで理解してこいということで済む話だ。
まったくもって時間の無駄だ。多くの団員が現指導者にはうんざりしている。

また世界平和がウリの例の指揮者とはそろそろ縁をきってはどうだろうか。彼の考える世界平和とはなにか。
彼には先ず以て日本の平和を考えてもらいたい。隣国の弾道ミサイルが我が国に向かって配備されていることをどう考えているのか。口先だけで世界平和を唱え自身のために商業的利用をしているだけではないのか。
Y氏の頭の中を覗いてみたい。