ジョン・グリーン『アラスカを追いかけて』 | 文学どうでしょう

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ジョン・グリーン(伊達淳訳)『アラスカを追いかけて』(白水社)を読みました。

ヤングアダルト(中学生、高校生向け)の叢書「STAMP BOOKS」でとりわけ印象に残ったのが『ペーパータウン』と『さよならを待つふたりのために』の二冊が収録されているジョン・グリーン。

ウィットに満ちたセンスある対話がくり広げられながら、ナイーヴなテーマの物語が紡がれていくまさに王道ヤングアダルトの作風で、好き嫌いは分かれそうですがハマる人にはかなりハマるであろう作家。

そう言うぼくもなんだかジョン・グリーンの作品を読んだ後に残る感覚にすっかりハマってしまい「STAMP BOOKS」ではないですが、今回デビュー作『アラスカを追いかけて』も読んでみました。

「アラスカ」というのはみなさんご存知のアメリカの州の名前だと思いますが、「アラスカを追いかけて looking for alaska」の「アラスカ」は、その州の名前に由来する一風変わった女の子の名前です。

気分屋でいたずら好き、読書を愛し、明るいけれど悩みを抱えてもいるアラスカの周りにいる男の子たちは、みんなアラスカに夢中。そんなボーイ・ミーツ・ガール(男の子が女の子に出会う)な物語です。

主人公兼語り手の〈ぼく〉マイルズ・ホールターは、がりがりに痩せたごく真面目なフロリダの高校生。全然友達がいないので、人生を変えるために、アラバマの寄宿学校へ転校することを決めたのでした。

そのアラバマの寄宿学校で魅力的なアラスカと運命的な出会いをしたマイルズが、新しく出来た仲間たちと一緒にちょっと悪いことをしたり様々な困難を乗り越えたりしながら恋や勉強に励む青春小説です。

地味で真面目な男の子が自由奔放な女の子に振り回され、影響を受けて少しずつ成長していくという話がぼくは個人的に好きなので面白く読みましたが、特に前編は日本の若い読者には退屈かも知れません。

それというのもアメリカのハイスクールの生活、特に寄宿学校の生活は、日本の高校の生活とはあまりにもかけ離れ過ぎているからです。

車を乗り回し、タバコや酒をやり、みんなでいたずらをしたりする感じは、高校生というよりはもう少し大人びている印象があって、雰囲気としては、日本の大学生活を描いた作品に近いだろうと思います。

たとえば、文学的なイメージが散りばめられ、時に憂鬱な大学生活が描かれる村上春樹『ノルウェイの森』や伊坂幸太郎『砂漠』に近い雰囲気の小説です。『ノルウェイの森』や『砂漠』が好きな方はぜひ。

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前半から中盤にかけて、今いちのれないと思った場合は、章のタイトルに注目してみてください。物語は「一三六日前――」から始まり、なにかが起こるその日までどんどんカウントダウンされていきます。

一体何が起こるのでしょうか。それを予測しながら読むとよいでしょう。その日以降を描く後編からはページをめくる手が止まりません。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 一三六日前――

 退屈な毎日に見切りをつけ、フロリダの親元を離れてアラバマの寄宿学校に行く前の週、母さんがフェアウェル・パーティーを開きましょうと言い出した。あんまり期待できないけどね、という程度では済まない結果が待っていることは明らかだった。(9ページ)


母さんはアーティチョーク・ディップを山ほど作りシャンパンをニダースぐらい買って来てパーティーの準備をしてくれましたが、パーティーに来てくれたのはいかにも冴えない二人だけだったのでした。

〈ぼく〉マイルズは作品は読みませんが、作家の自伝を読むのが好きで、最期の言葉に注目しています。フランソワ・ラブレーの最期の言葉は「私は偉大なるもしかしてを探しに行くのだ」(12ページ)。

ラブレーの言葉に影響された〈ぼく〉はみじめな生活を捨て「偉大なるもしかして」を見つけるため、一族が代々卒業しているアラバマの寄宿学校、私立カルバー・クリーク高校への転校を決めたのでした。

ルームメイトになったのはチップ・マーティンという背が低く筋肉質な生徒。暗記が得意で、世界中の国名を順番に暗唱してみせて、〈ぼく〉を驚かせます。チップはカーネル(大佐)と呼べと言いました。

そして〈ぼく〉には、パッジ(でぶ)というあだ名をつけてくれます。〈ぼく〉がガリガリだったから、皮肉になって面白いだろうと。

カーネルはこの学校には寄宿生と「ウィクデー・ウォリアーズ」と呼ばれている週末には実家の豪邸に帰る金持ちの生徒がいて、その間には対立があると話しました。タバコを吸いに行こうと言うカーネル。

カーネルが訪れたのはアラスカという「人類史上サイコーに魅力的な女の子」(24ページ)の部屋でした。生まれて初めてタバコを吸って気持ち悪くなった〈ぼく〉とアラスカは最期の言葉の話をします。

アラスカ言ったのは、ガブリエル・ガルシア・マルケスの『迷宮の将軍』に書かれていたシモン・ボリバルの最期の言葉「一体どうやってこのラビリンスから抜け出せばいいんだ?」(30ページ)でした。

 彼女の顔がすぐ近くにあって、辺りの空気よりも温かく彼女の息を感じる。「そこが謎なのよね。ラビリンスっていうのは生きることなのか、死ぬことなのか。彼はどっちから逃がれようとしていたのか――世界からか、あるいは世界の終わりからか」。続きを待っていたのだが、どうやら意見を求められているらしいということに気がついた。
「うーん、どうなんだろうね」とぼくは長い沈黙の後でようやく口にした。「部屋にあったあの本は全部読んだの?」
 笑われた。「まさか。三分の一ぐらいは読んだと思うけど。でも全部読むつもりよ。あたしの〈生涯のコレクション〉なの。小さい頃から、夏になるとガレージセールに出かけて行って、面白そうな本を買ってたの。だからあたしには常に読むべき本があるってわけ。でも他にもしないといけないことがたくさんあるじゃない。タバコも吸わなきゃなんないし、セックスだってしないといけない。ブランコにも乗らないといけないでしょ。もっと大人になって退屈な人間になったら、本を読む時間も今よりは増えるかしらね」(31~32ページ)


〈ぼく〉は早速新入りとしての洗礼を受けます。夜中にダクトテープでぐるぐる巻きにされて湖に放り込まれたのでした。伝統行事ですが、溺れ時ぬ可能性のあるぐるぐる巻きだけは、いつもと違います。

〈ぼく〉を襲った集団が、カーネルに恨みがあるようなことを言っていたので話を聞くと、どうやらウィクデー・ウォリアーズは、退学になった生徒の告げ口をしたのがカーネルだと思っているようでした。

裏切りや告げ口を憎むカーネルとウィクデー・ウォリアーズの対立は深まるばかりで〈ぼく〉もそれに巻き込まれていくこととなります。

熱烈に愛し合っているジェイクというボーイフレンドがいるアラスカは知り合いの男の子にガールフレンドを作らせることを生きがいのようにしていました。そこでララという女の子を紹介してもらいます。

みんなでバスケットの試合を見に行ったのですが、カーネルが敵チームを野次り、飛んできたボールが〈ぼく〉の頭に当たってしまいました。そうしてあろうことかララのジーンズに吐いてしまったのです。

ララとの恋は始まる前に台無しになってしまい、落ち込む〈ぼく〉にアラスカが思わぬ誘いをしてくれました。みんなが家に帰る感謝祭の間一緒に学校に残りワインを飲むなど色んな楽しいことをしようと。

一度は引き受けた〈ぼく〉でしたが、カーネルから、アラスカをどうにかしたいと思っているなら、やめた方がいいなと言われてしまいます。アラスカをジェイクから引き離そうと思っても無駄なことだと。

 カーネルの言う通りだった。どうしてぼくは両親をほったらかしになんかできるんだろう? 費用もバカにならないはずなのに気持ちよくカルバー・クリークに転校させてくれて、いつもぼくを愛してくれた両親なのに。それなにぼくはすでに彼氏のいる女の子を好きになってしまったりして、大きな七面鳥とまずいクランベリーソースを大量に用意してぼくの帰りを待ってくれていた両親に向かって、どうしてあんなことが言えたんだろう? だから三時間目の空き時間を利用して、仕事中の母さんに電話した。いいのよと言ってもらいたかった。感謝祭だからってあなたはお友達と一緒に学校に残っていいのよと言ってもらいたかった。なのに、ぼくからの電話を受けてすぐに父さんと相談して、飛行機のチケットを買い、二度目のハネムーンに行くことになったの、なんて興奮気味に言われるなんて……。イングランドでお城巡りなんかをするそうだ。
「そうなんだ、へえ……、すごいじゃん」。ぼくはそう言って、すぐに電話を切った。泣いてしまいそうだった。
(112~113ページ)


誰も残っていない学校でアラスカと様々ないたずらをして愉快に過ごした〈ぼく〉でしたが、アラスカの隠しごとがきっかけで仲良しだった〈ぼく〉とカーネル、アラスカの関係は、少しずつ変化して……。

はたして、やがて〈ぼく〉たちに降りかかった大きな出来事とは!?

とまあそんなお話です。〈ぼく〉もアラスカもカーネルも、三人と一緒に行動することもあるララやタクミもみなそれぞれ悩みや問題を抱えています。完璧に満たされた人生を送っている者はいないのです。

『アラスカを追いかけて』の登場人物が抱えている悩みは結構重いもので共感できるかどうかは分かりません。たとえばカーネルの母親はトレーラー暮らしをしていて家を買ってやるのがカーネルの夢など。

また、破天荒なアラスカを魅力的と思えるかどうかも読者によるでしょう。なので読む人によって、感想は変わって来るであろう作品。

ただ、時に痛みを伴う青春を描いた小説が好き人は、ぜひ読んでみてください。ぼくにとって忘れられない印象の残る作品になりました。

次回は、アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』を紹介する予定です。