エドワード・ホーガン『バイバイ、サマータイム』 | 文学どうでしょう

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バイバイ、サマータイム (STAMP BOOKS)/岩波書店

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エドワード・ホーガン(安達まみ訳)『バイバイ、サマータイム』(岩波書店)を読みました。「10代からの海外文学 STAMP BOOKS」の一冊です。

今はネットを通じて簡単に本が手に入る時代、というよりもむしろ買いたい本が決まっているならネットで注文した方がはるかに便利な時代になりました。なにしろ本屋に取りに行かなくてよいのですから。

ですが、本屋の一番の醍醐味は、自分がそれまで知らなかった本と出会えること。タイトルや装丁に惹かれて「おっ、これ面白そう」と手に取る時のわくわく感というのは、やはりネットでは味わえません。

ぼくは元々全集や叢書など、共通の内容で編まれた作家ごとのシリーズが好きなのですが、本屋で見かけてぐっと心惹かれたのが、今回紹介する「10代からの海外文学 STAMP BOOKS」でした。

海外からのエアメールをイメージして切手(STAMP)のマークがつけられたこの新しい叢書は、ペーパーバックが意識された、シンプルながらおしゃれな装丁。見たら思わずジャケ買いしたくなるはず。

英米だけでなくスウェーデンや南アフリカなど幅広い国の作品が収録されているのもいいですね。既刊は今の所9巻。これから少しずつ紹介していきますので、興味を持った巻を、ぜひ読んでみてください。

「10代からの海外文学」なので読者層としては中学生や高校生、いわゆるヤングアダルトが想定されたシリーズ。その辺りの世代の男女が主人公であり、等身大の悩みが描かれている物語が多いわけです。

ただ、ぼく自身もそうでしたけれど、読書好きの中学生や高校生は背伸びしたくなる傾向があって、ヤングアダルト作品ではなく、ちょっと難しい本を読みたがるものなんですよね。ドストエフスキーとか。

なので、ヤングアダルト作品というのは、その読みやすさから中学生や高校生に最適なのは勿論ですが、実は大人が読むと、意外と素直に物語を受け止めることが出来て、どハマりするので、おすすめです。

さて、今回「STAMP BOOKS」から取り上げるのは太っていて大人しい性格なので学校ではいじめられがち、両親の離婚のきっかけを作ってしまって心に傷を負った少年ダニエルの休暇の物語です。

森の中でスポーツなどを楽しめるレジャーワールドに、とうさんと一週間の予定で訪れたダニエルは、そこで何故か自分以外には見えない少女レキシーと出会うのです。レキシーには色々な謎があって……。

心に傷を負った人間が再び立ち上がる決意をするという王道のテーマも胸にぐっと来ますが、何より、レキシーにまつわるミステリアスなストーリーが抜群に面白く、引き込まれること請け合いの一冊です。

タイトルにある「サマータイム」(夏時間)というのは、太陽が出ている時間が多い夏の期間に時間を有効に活用するため始まった制度。

国によって違いますが、イギリスでは三月の最終日曜日の午前一時に「サマータイム」が始まるので午前二時になり、十月の最終日曜日の午前二時には「サマータイム」が終わるので、午前一時になります。

少年の成長とその「サマータイム」をめぐるスリリングな物語です。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 あの女の子の命を救った。到着した日、ぼくはそう思った。

 とうさんは車のスピードを落とし、レジャーワールドのあるマーウッドの森に入った。ヨーロッパ最大の滞在型スポーツリゾートと呼ばれているみたいだが、ぼくの考えでは、地獄の炎の燃えさかる、どんづまりの穴だ。
「ダニエル、おれたちには休みがいるんだ。たったの一週間だし」とうさんはいった。
「一週間、ねえ」ぼくは首を横にふった。
「そんなに長くないって。おれたちにはちゃんといっしょにすごす時が大切なんだ」(8ページ)


コテージに滞在しサッカーやテニス、スイミングなど様々なスポーツが楽しめるレジャーワールド。ところが、とうさんと〈ぼく〉17歳のダニエルは、どちらも楽しめるような心境ではありませんでした。

かあさんと離婚した後、精神的にボロボロになったとうさんは酒を飲んで醜態をさらしてばかり。一方〈ぼく〉は離婚のきっかけを作ってしまったことで、幻覚を見るなど精神的に追いつめられていたから。

ことの始まりは、隣の酒屋がセキュリティ・カメラをつけて、その映像が何故か〈ぼく〉の家のテレビに映るようになってしまったこと。

あるいは、女の子に送った手紙のことでクラスメートたちから、からかわれるのにうんざりしてわざと鼻血を出し、学校を早退したこと。

ともかく、いないはずの時間に家にいた〈ぼく〉は、セキュリティ・カメラの映像が映ったテレビで、本来は見るはずもなかったかあさんが浮気相手と熱烈なキスしている現場を目撃してしまったのでした。

十月二十一日(日曜日)。レジャーワールドに着き白ひげをたくわえた老人が運転する電動車に乗って移動していると、道の真ん中に濡れた水着の上に赤いフードつきのパーカを羽織った女の子が現れます。

ところが、老人はそのままスピードを落とさず進んでいくではありませんか。〈ぼく〉は慌ててハンドルを左に切りました。電動車は横転し老人から叱られます。道を見ると女の子の姿はありませんでした。

十月二十一日(月曜日)。朝早くに目が覚めてしまった〈ぼく〉は、ビーチに行ってみます。するとそこでは、昨日消えた女の子が泳いでいたのでした。ぼくは木に隠れしばらくその美しい泳ぎを眺めます。

やがて彼女は水からあがり、パーカとデニムのスカートを着ました。

そして言います。「ねえ? もちろん樹皮の拓本を採取してるとか、迷子になった飼い犬を探してるとか、いいわけはできるだろうけど、おたがいにほんとはどうなのかって、わかるもんね」(39ページ)

隠れて見ていたことがばれたので〈ぼく〉は出て行きました。彼女の肌は白く、右目にアイシャドウなのかあざなのか、黄緑色の輪が見えます。腕にはどことなく違和感を覚えるデジタル時計がありました。

二人はお互いに名前を名乗って、ボクシングの試合開始の前のように拳をあわせます。そうして〈ぼく〉はレキシーと出会ったのでした。

少し後で再びレキシーと出会った場所に行ってみて「251293AHC311010」という文字が木の幹に書かれていることに気付いた〈ぼく〉。一体どういう意味なのでしょう。電話番号でしょうか。

十月二十三日(火曜日)。レキシーと再会して、ネイティブ・アメリカンの部族の知恵から学んだという調理法の魚料理を御馳走してもらいます。その時にはもう腕時計の違和感の答えが分かっていました。

 「ありがとう」と、ぼくはいった。でもすぐに食べはじめなかった。ぼくは彼女の顔を見ていた。最初は光の具合で確信が持てなかったけど、まもなくはっきりした。彼女の目のあざはきのうより濃くなって、緑がかった黄色からスミレ色になっている。だれかにまったく同じところを叩かれたのだろうか? 下を見ると、脚の発疹だと思った赤味が目に入った。さらに赤色が濃くなり、光って、ひとつひとつが長くなっている。レキシーはフード付きパーカの裾をひっぱって脚のあとを隠した。ぼくは彼女を見あげた。
「レキシー、きみの目のあざがひどくなってるし、それに――」
「ねえ、ダニエル。女の子に外見のことを話すときは、注意しなくちゃね。ほら、礼儀をわきまえなくちゃ」
「きみの腕時計なんだけど。なぜ逆に時を刻むの?」
「壊れているのよ」そういって、レキシーは魚を木彫りのフォークで突きさした。
「じゃ、なんではめてるの? それに、デジタル時計が壊れても、逆に進むのってありえないよ」
「ねえ、ダニエル」と、レキシーはいい、ちょっと間をおいた。「ここはさびしいところよ。わたしはあんたが好き。あんたには心の目があるし、繊細さもある。でもわたしたちが友だちになるには、いくつか、のみこんでほしい質問があるの」
「でも――」
「魚が冷めちゃうわ」(66~67ページ)


やがてダニエルは、レキシーの姿は自分以外には見えないということに気付きます。日に日に酷くなっていく傷、逆に時計を刻む腕時計。聞きたいことだらけですが、レキシーはいつも唐突に帰るのでした。

十月二十四日(水曜日)。目を覚ました〈ぼく〉は脚に長い傷があり出血していることに驚きます。怪我した覚えはないのに。そのことを知ったレキシーは、〈ぼく〉から離れていこうとしたのですが……。

はたして、謎めいたレキシーが抱え込んでいた秘密とは、一体!?

とまあそんなお話です。なかなかに引き込まれる、ミステリアスな物語ですよね。十月の最終日曜日の二十八日、つまり「サマータイム」が終わる日に向かって進んでいく、一週間の休暇を描いた作品です。

レキシーにまつわるいくつもの不思議な謎と「サマータイム」にはどんな関わりがあるのでしょうか。それぞれ心に傷を負った父子と誰にも言えない苦しみを抱えたレキシーの出会いを描いた青春小説です。

主人公の〈ぼく〉ダニエルの境遇に感情移入しやすいですし、後半にいくに従い加速する展開はスリリング。読んでいてとにかくわくわくさせられる作品です。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

次回は、メリーナ・マーケッタ『アリブランディを探して』を紹介する予定です。