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エドガー・ライス・バローズ(厚木淳訳)『ターザン』(創元SF文庫)を読みました。残念ながら、現在は絶版のようです。
今の子供たちとなるとどうか分かりませんけれど、少なくともぼくの子供の頃は、アスレチックかなにかで長いロープにぶらさがった時は「あ~ああ~」とターザンの真似をしていたような覚えがあります。
ジャングルで育ちツタを使って素早く移動するインパクトの強いキャラクターのターザンですが、今はどうなんでしょうか。もしかしたら現在の日本では、あまり人気のないヒーローなのかも知れませんね。
ターザンのイメージを決定づけたのは、ハリウッドの実写映画化ですが、最初の映画化が1918年、最も人気を集めたジョニー・ワイズミュラー主演版ですら1932年なのでぼくも観たことがないです。
なので、ぼくが子供の頃に持っていたターザンのイメージが、一体どこから来たのかはよく分からないのですが、おそらくは、テレビかなにかでターザンのキャラクターのパロディを見たりしたのでしょう。
映画と言えばわりと新しいのは1999年公開のディズニーのアニメ映画『ターザン』。こちらはご覧になった方も多いのではないでしょうか。ツタを使うのではなく木をすべるアクションが印象的な作品。
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ディズニーのアニメ映画で、ぼくが最も好きなのが『ターザン』。ターザンが言語を学ぼうとする所が個人的にツボで引き込まれますし、原作とはかなり違いますがロマンティックな物語なのがいいですね。
ディズニーアニメの公開にあわせて、新しく出たのが今回紹介する創元SF文庫の『ターザン』ですが、人気が出なかったのか続編の『ターザンの帰還』が出ただけで、そのまま絶版になってしまいました。
ターザンをパロディしたものもたくさんありますが、ぼくにとってとりわけ印象深いのは、1990年代初めに「週刊少年ジャンプ」で連載されていた徳弘正也のマンガ『新ジャングルの王者ターちゃん』。
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下ネタ満載のギャグ漫画でしたが、その時代のジャンプはまさに鳥山明の『ドラゴンボール』や冨樫義博の『幽☆遊☆白書』などいわゆるバトルものの全盛期。ターちゃんもバトルものになっていきました。
ギャグ漫画としてもバトルものとしても素晴らしい名作なので、機会があればこちらもぜひ読んでみてください。ただ、あれです、金玉袋でムササビのように飛ぶなどの下ネタが苦手でなければですけども。
そんな風に映像化やパロディが有名なだけに、「えっ、原作の小説あったの?」と思われているであろうターザンですが、元々は1914年に発表された小説で、実は、結構長いシリーズものでもあります。
作者のエドガー・ライス・バローズには「ターザン・シリーズ」の他にも人気のSFシリーズがいくつもあって、中でも特に愛されているのが地球人が火星に行って大活躍するという「火星シリーズ」です。
言わばスーパーマンの逆で、地球では普通の男が重力の軽い火星ではすごくなるという冒険譚。第一作の『火星のプリンセス』は2012年に『ジョン・カーター』として映画化されて、話題になりました。
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どちらのシリーズもベタな展開の連続がエンタメとして抜群に面白いですし、異なる文化に接すること、魅力的なヒロインが出て来ることなどに共通点があったりもするので、あわせて読んでみてください。
作品のあらすじ
こんな書き出しで始まります。
この物語を語ってくれたのは、わたくしにもほかの誰にも、べつにそんな話をする必要のない人物だった。話の発端は、そもそもヴィンテージ・ワインの酔い心地が語り手の口を軽くしたせいだとも考えられる。そして、その人物はひきつづき何日もかけて、この奇想天外の物語のつづきを話してくれたのだが、その間ずっとわたくしが半信半疑の状態で聞いていたことも、一概には否定できないのである。(9ページ)
酔っぱらった陽気な語り手は、公文書など様々な証拠を見せながら驚くべき物語を聞かせてくれたのでした。〈わたくし〉が繋ぎあわせたこの物語は人物の名前は仮名ですがおそらく本当にあったことです。
ジョン・クレイトンというイギリスの貴族は妻のアリスを伴ってアフリカ西海岸の英領植民地の調査に出かけました。ところが船で水夫たちの反乱が起こり、未開の土地に置き去りにされてしまったのです。
小屋を作り、助けを待ちながら暮らしている内に、男の子が生まれました。しかし、それから一年後にアリスは病気で亡くなり、ジョンもまた類人猿のボス、カーチャクによって、殺されてしまったのです。
小さな男の子も殺されそうになりましたが、群れの中には子供を亡くしたばかりのカーラという類人猿がいて、このカーラが男の子を守り、”白い肌”を意味するターザンと名付け育てるようになりました。
他の類人猿たちと比べて成長が遅く、できないことの多いターザンでしたが、手先が器用で、ロープを投げて動くものを捕まえるなど、やがては他の類人猿にはできないことが出来るようになっていきます。
そして、カーラを本当の親だと思っているターザン自身は知らないものの、両親が暮らしていた小屋で絵本などを見て文字を覚え、手に入れた狩猟ナイフでどんな強大な敵とも戦えるようになったのでした。
タンター(ゾウ)と仲良くなり必要ならばサボー(雌ライオン)、ヌーマ(雄ライオン)、シータ(ヒョウ)とも戦います。そして力比べでボスのカーチャクを倒したことでついに類人猿の王となりました。
人間を見たことがなかったので、ずっと自分を類人猿の仲間だと思っていたターザンでしたが、18歳の時、新天地を求めてやって来た黒人の部族と遭遇したことで、自分が人間であることに気が付きます。
部族の行動を観察し、毒のついた弓矢の使い方を覚えたターザンをさらに驚かせたのは、今度はボートで自分と同じ肌の人々がやって来たこと。中でも美しい微笑みを浮かべた若い娘に惹きつけられました。
何やら揉めながらボートでやって来た人々は、ここは類人猿ターザンの家だと書かれている小屋を見つけ、類人猿ターザンとは何者なのだろうと不思議に思いながらも、ひとまずその小屋で暮らし始めます。
一行を監視していたターザンは、娘が書いた手紙を読み、一行がどうしてここへやって来て、今どんな状況に置かれているかを知ることとなりました。娘の名前はジェーンで父親はポーター教授と言います。
二人ともアメリカ人で、伝説の財宝を求めて冒険の旅をするポーター教授に、ジェーンはついて来たのでした。行動を共にしているのはポーター教授の秘書のフィランダーと、イギリス人貴族のクレイトン。
宝の地図を頼りに金貨の詰まった箱を見つけた一行でしたが、反乱した水夫たちに裏切られ、財宝を奪われて置き去りにされたのでした。
一行はそれぞれジャングルで危険な目にあったところをターザンに助けられますが、ターザンは読み書きは出来ても喋れないので、英語が分かるらしい類人猿ターザンと同じ人物だとは誰も気が付きません。
ある時ジェーンが、ターザンと対立する類人猿ターコズにさらわれてしまいました。危険に満ちたジャングルの中は追いかけていきようがないので、ポーター教授らはジェーンはもう助からないと思います。
しかしターザンだけは違いました。移動の跡を見極める観察眼と鋭い嗅覚で跡を追い、ついにはターコズを見つけ戦いを挑んだのでした。
ジェーン・ポーターは――そのしなやかな若い躰は大木の幹に押しつけられていたが、彼女は両手を上下する胸にぴったり当てて、恐怖と恍惚と不安と賛美が交錯する目を大きく見開き――原始時代の類人猿が女を――彼女を求めて、原始時代の人間と死闘するさまを見守っていた。
(中略)
長いナイフがターコズの心臓の血を何度も深々と吸って、生気を失った巨体が地面にころがったとき、彼女のために戦って彼女を勝ちとった原始の男に両手を差しのべて駆けよっていったのは、まさに原始時代の女であった。
ターザンのほうはどうだったか?
血気盛んな若者なら、敢えて教えてもらうまでもないことをやったのだ。彼女を両腕に抱くと、上を向いてあえいでいる唇にキスの雨を浴びせたのである。
しばしジェーン・ポーターは目を半ば閉じて、じっとしていた。しばし――まだ若い人生で初めて――愛という意味がわかった。(245~246ページ)
お互いに愛を胸に抱くターザンとジェーンでしたが、言葉が通じないので意志の疎通がはかれないまま、運命のいたずらで離ればなれになってしまったのでした。ジェーンは、クレイトンから求婚されます。
イギリス人貴族とジャングルにいた謎の男との間で揺れるジェーン。しかも、財宝が見つからないままだと、ポーター教授が借金した相手のキャンラーという実業家と結婚させられることになっていて……。
はたして、ジェーンは生涯の伴侶として誰を選ぶことになるのか!?
とまあそんなお話です。クレイトンはディズニーアニメでは悪役でしたが、原作では貴族であり、しかも実は、ターザンからするといとこにあたる関係です。ターザンの代わりに名誉と財産を受け継いだ男。
クレイトンは嫉妬はするものの基本的にはいいやつで、単なるアメリカの娘のジェーンからすると王子様的な存在なので名も知らぬジャングルの男を愛する一方、ジェーンはクレイトンにも惹かれるのです。
ジェーンが誰を選ぶのか、後半の怒涛の展開から目が離せない物語。
ジャングルで無敵のターザンは強くてかっこいいのは勿論、文明を前にすると一転して愛くるしくなる所も魅力的です。ぼくが一番ツボだったのは海の地図でアフリカとアメリカとの距離をはかったところ。
ターザンはなんて言ったと思いますか? 「さほど遠くないぞ。ぼくの手の幅よりも短い」(329ページ)です。思わず笑っちゃいました。知らない人に地図と実際の距離を説明するのは難しいですよね。
誰もが知っているヒーローでありながら、意外と原作の小説は読まれていないターザン。今は本が少し手に入りづらいのですが、物語として面白い作品なので、興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。
明日は、新編日本古典文学全集『和泉式部日記/紫式部日記/更級日記/讃岐典侍日記』の中から「和泉式部日記」を紹介する予定です。