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平坂読『僕は友達が少ない』(MF文庫J)を読みました。
タイトル通り友達がまったくいない主人公が、美少女ながら同じく友達がまったくいないヒロインたちと友達を作るためのクラブ「隣人部」を作って日々を過ごす、まさにザ・王道「ライトノベル」です。
背表紙のキャッチコピーは「残念系青春ラブコメディ」。2月1日から瀬戸康史と北乃きい主演の映画版も公開になる大ヒット作ですね。
売れれば何巻にも及ぶシリーズになるのが当たり前ということからも分かるように「ライトノベル」はストーリーよりもキャラクターがむしろ重要。そしてこの小説もキャラクターに何より魅力があります。
まず主人公の〈俺〉長瀬川小鷹は真面目でいい奴にもかかわらずイギリス人の母を持つハーフで見た目はどう見てもヤンキーなんですね。
地毛なのにその髪の色は「ワルぶった高校生が金髪にしたかったけどちゃんと美容院で染めてもらうお金がなくてとりあえず市販のスプレーで染めたら案の定失敗してしまった」(46ページ)感じだから。
おかげで何もしていないのに周りから怖がられてしまい、恐るべきヤンキーとしての伝説だけが一人歩きしてずっと友達は出来ないまま。
なかなかに面白い設定ですよね。これほど分かりやすいことはないでしょうけども、見た目で周りから誤解されてしまうということは誰にでも起こりうることなので、感情移入がしやすい設定だと思います。
そんな〈俺〉が出会うことになるのが、美しい黒髪を持つ美少女ながらやはり友達がおらず空想上の友達と話していた三日月夜空と、金髪碧眼の美少女で成績優秀スポーツ万能ただし友達はいない柏崎星奈。
はたから見ればうらやましいハーレム状態ですが、夜空と星奈は友達がいないだけに屈折した性格なので、〈俺〉は振り回され、苦しめられ続けます。それでも時折二人から思わぬ気持ちが垣間見えて……。
「ツンデレなヒロイン」「一風変わった妹」「メイド服」など様々な萌え要素が詰め込まれた作品。短い話の詰め合わせという感じなので、ストーリーの面白さはさほどありませんが、設定が面白い一冊。
ところで、2010年にニュースになったのが東京大学の駒場キャンパス生協の文庫本売り上げ1位が『僕は友達が少ない』の4巻だったこと。東大生が「ライトノベル」を読んでいると話題になりました。
ただ、考えてみれば、勉強などなにかに秀でたものを持ちながら、人間関係がうまくいかずに悩んでいるという人が惹きつけられるタイトルと内容の小説だと思うんですよ。特に、友達がうまく作れない人。
物語では、友達がいないという共通の悩みを抱える〈俺〉と三日月夜空が友達はどうやったら作れるのか、その方法を真剣に相談します。
再び沈黙。
「……普通に友達になろうって言うのは?」
俺が言うと三日月は「ふん」と鼻を鳴らした。
「そういうのはドラマとかでたまに見るけど、よくわからないのだ。友達になろうと言って相手に承諾されたらその瞬間から友人関係が成立するのか? これまでほとんど喋ったこともない者同士でも? 友達になることを承諾されて以降まったく会話しなくても友達状態は続いてると判断していいのか?」
「……まあ、そういうのがしっくりこないのは俺も同じなんだけどな」
「だろう? あ、そうだ」
三日月がぽんと手を叩いた。
「何か名案でも?」
「うん」
自信ありげに頷く。
「お金をあげて友達になってもらうというのはどうだ? ただの口約束よりも現実的な拘束力がありそうだろう」
「寂しすぎるだろそれは!」(38~39ページ)
そう言われてみれば、確かにどこからが友達でどこからが友達でないのかというのは難しい問題ですよね。友達と思えれば友達でしょうが、そう思える相手すら見つからない場合一体どうすればよいのか。
そうした悩みを解決してくれる小説でもないのですが、地味に友達がいないことが描かれる物語ではなく、とにかくど派手に友達がいないことが描かれる物語なので、読んでいて楽しい作品になっています。
堂々と友達がいないことが語られるので、小さなことで悩んでいるのが馬鹿らしくなる、そういう楽しさがある小説なのかも知れません。
作品のあらすじ
カトリック系のキリスト教学校(ミッションスクール)、聖クロニカ学園二年五組に転校して来た〈俺〉長瀬川小鷹。ハーフだから金髪なのに、その強面の影響もあってまわりからヤンキーだと思われがち。
おまけに単にバスを乗り間違えただけなのですが、初日に遅刻したことが反抗的な態度を取る生徒だと思われ、転校して来てから一ヶ月が経つのに、いまだに友達どころか、会話をする相手すら出来ません。
その日の放課後も一人で図書室で過ごし、体操服を忘れたことに気づいて教室に取りに戻りました。教室からは楽しそうな話し声が聞こえて来ます。一人分の声なので、どうやら電話をしているようでした。
どうしようかなあ……電話が終わって彼女が教室を去るまで待つべきか……。
いや待て、べつにやましいことがあるわけじゃない。堂々と入ってさっさと忘れ物を回収して出て行けばそれで済む話じゃないか。
そんなことを考えつつ、俺はそっと教室の扉を少しだけ開いた。
教室の中には一人の女子生徒がいた。
窓を開けて桟に腰掛け、夕陽に染まる白い足をぱたぱたさせながら楽しげに談笑している。
夕風になびく藍色がかった黒髪。
背は高くもなく、かなり細身。
やたら整った顔立ちの、いわゆるひとつの美少女である。
名前はたしか――三日月夜空。
人の名前と顔を覚えるのがかなり苦手で、同級生の男子はともかく女子の名前と顔はまだ数人しか一致していない俺だったが、それでも彼女のことは印象に残っていた。(27ページ)
教室ではいつも不機嫌オーラを出している三日月の明るい様子を見て意外に思いましたが、なによりびっくりしたのは、三日月が携帯電話を持っていなかったこと。そう、三日月は一人で喋っていたのです。
〈俺〉は幽霊が見える少女なのかと思いましたが、三日月は「私は友達と話していただけだ。エア友達と!」(32ページ)と、自分で作り上げた友達トモちゃんと楽しく会話をしていたのだと言いました。
そうして思いがけず友達がいないことで意気投合してしまった〈俺〉と三日月。二人とも友達がいないのが嫌なのではなく、友達がいない人間として見られることが何より嫌だと思っている所も似ています。
どうしたら友達が出来るかを相談し合って、自然に交流が深まるであろう部活動が一番いいという案が出ましたが、すでに人間関係が作り上げられたグループには入れないという結論に至ってしまいました。
翌日の昼休み。三日月から、今ある部活に入れないのならばいっそ新しく作ってしまえばいいと、「隣人部」という新たな部活を作ったことを告げられます。いつの間にか〈俺〉も入部させられていました。
「キリスト教の精神に則り、同じ学校に通う仲間の善き隣人となり友誼を深めるべく、誠心誠意、臨機応変に切磋琢磨する」(53ページ)という目的が一応掲げられたいかにもうさんくさい部活動です。
へたくそな絵の部員募集ポスターにはある言葉が隠されていました。
文字を左上から右下に向かって読んでいくとこうなる。
『と』にかく臨機応変に隣人
と『も』善き関係を築くべく
から『だ』と心を健全に鍛え
たびだ『ち』のその日まで、
共に想い『募』らせ励まし合い
皆の信望を『集』める人間になろう!
ともだち募集 (63~64ページ)
そんな言葉に誰が気付くだろうかと思っていましたが、礼拝堂(チャペル)の「談話室4」が与えられた部室に、早速入部希望者がやって来ました。金髪碧眼の美少女で、理事長の娘、二年三組の柏崎星奈。
しかし、三日月は「リア充は死ね!」(73ページ)と追い返してしまいます。容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀と三拍子そろった柏崎には、憧れを胸に抱くたくさんの男子の取り巻きがいるからでした。
閉め出されても諦めなかった柏崎はどうやったのか窓の方に回り、そこから入ろうとドンドン窓を叩きます。そして「あたしも友達がほしいのよ!」(76ページ)と思いがけないことを口にしたのでした。
実は柏崎は、男子の取り巻きならいますが、それだけに同性から反感を買いやすく、友達と言えるような女の子は、一人もいなかったのです。なので、ポスターを見てすぐにメッセージに気付いたのでした。
こうして友達を作るための部活動「隣人部」は動き出し、一体どうやったら友達が出来るのか、様々な作戦を立てていくこととなります。
三日月は、ファミレスで遊んでいる高校生たちを見たと言い、友達と言えばゲームだろうと言い出します。そこで、プレイングステイツポータブル(PSP)の流行のゲームをやってみることになりました。
「モンスター狩人」通称「モン狩」です。ゲームをする上で必要なアイテムの交換などをすれば、自然にコミュニケーションがとれると。
そこで早速、〈俺〉、三日月、柏崎の三人はゲームを用意して、プレイし始めたのですが、なにかとぶつかりあう三日月と柏崎は操作をミスったと言ってはお互いのキャラクターを攻撃し始めてしまい……。
はたして、「隣人部」は、ちゃんと友達を作ることが出来るのか!?
とまあそんなお話です。主要キャラ三人だけでも相当アクが強いのにどんどん新キャラが投入されていくからものすごい。ゴスロリの衣装を身にまとう中学二年の妹の小鳩は何故か悪魔になりきっています。
ずっと変な口調で喋り、たとえばおなかがすいた時なら「今の我は血に飢えている……ククク……早く生贄を差し出さねば汝に災いが降りかかることになろう……」(164ページ)とか言い出すんですね。
「真の男」を目指して、ヤンキーに見える〈俺〉を慕う楠幸村という後輩のキャラも面白くて、それらの濃いキャラは、読者の好き嫌いが分かれる所だと思いますが、突き抜けているだけに面白かったです。
ストーリーの魅力はあまりないので「ライトノベル」を読み慣れていない方におすすめかどうかは微妙ですが、キャラクターの魅力という「ライトノベル」らしさがある作品でした。興味を持った方はぜひ。
明日は、新編日本古典文学全集『竹取物語/伊勢物語/大和物語/平中物語』の中から、「大和物語」を紹介する予定です。