E.M.フォースター『ハワーズ・エンド』 | 文学どうでしょう

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ハワーズ・エンド (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-7)/河出書房新社

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E.M.フォースター(吉田健一訳)『ハワーズ・エンド』(河出書房新社)を読みました。池澤夏樹個人編集=世界文学全集の一冊。

20代、もしくは10代で読んだ時に鮮烈な印象を受けた小説なのに、年齢を重ねて読み返したらなんだか色褪せたように感じてしまったという経験を、もしかしたらみなさんもお持ちかも知れませんね。

シンプルな物語構造で、ストーリーとして面白い物語は夢中になって読めるものですが、年齢を重ねる内に、物語のわざとらしさが鼻につき、その派手さが気になるようになってしまうこともあるでしょう。

今回紹介する『ハワーズ・エンド』という作品はそういった小説とはむしろ真逆の印象の作品。複雑な物語構造、ストーリーとしてさほど面白くない小説ですから、若い世代には物足りないかも知れません。

しかしながら、人生に起こる様々な問題を内包した深いテーマの作品なだけに、年齢を重ねて読み返せば読み返すほど、この小説のよさがじわじわと分かって来る、そういったとても珍しい作品なんですよ。

物語に登場する誰かの行動が、正しいのか間違っているのか、普通の小説ならばそれは主人公の考えによって是非が下されるものですが、この小説ではそれが、プリズムのように乱反射しているのが特徴的。

物語には様々な問題が出て来ますが、何が正しくて何が間違っているのかの考えは登場人物それぞれで違い、まとまっていかないのです。

だからこそカタストロフィ(劇的な展開によって生まれる衝撃や感動)には欠ける物語ですし、登場人物と気持ちを同一化させづらい作品ですが、それ故に読者は自分の頭で色々と考えることが出来ます。

そういう風に自分で考えさせられる物語なので、ある程度人生経験を積んで、人間はどう生きるべきかの考えが自分の中にしっかりとあればあるほど、この『ハワーズ・エンド』は楽しめる作品なんですね。

非常に地味でしかも読みやすくはない小説ですが、何度も読み返したい素晴らしい作品なので、多くの方に読んでもらいたいと思います。

タイトルの「ハワーズ・エンド」とは家の名前。実業家のウィルコックス家が所持している家の一つです。そのウィルコックス家とひょんなことから交流することになったのがシュレーゲル家の姉妹でした。

ドイツ人の父親を持つシュレーゲル家の姉妹マーガレットとヘレンは、ちょっと変わっていて、慎み深くしていないといけない場面でもずばずばと本音を口にして、周りの人々を戸惑わせてしまったりも。

真面目で伝統を重んじるウィルコックス家と、芸術を愛し気ままに生きるシュレーゲル家は生活スタイルも違いますし、考え方も違うので水と油の関係のはずですが、不思議と交流は深まっていったのです。

「ハワーズ・エンド」をめぐるウィルコックス家とシュレーゲル家の物語が語られていくと同時に、いくら働いても暮らしが楽にならない下層階級の青年レオナード・バストとの出会いも描かれていきます。

マーガレットやヘレンと同じように芸術を愛するレオナードは働かなければ食べていけず、しかも仕事はうまくいかなくなっていきます。そして結婚相手を家族に反対されたことで窮地に追いやられて……。

文化の違う二つの家族、上流階級と下層階級の考えの違いをぶつかりあわせながら、愛とはなにか、生きるとはなにかを問いかけた名作。

作品のあらすじ


春にドイツの観光地で知り合ったウィルコックス夫妻に招待されて、ハワーズ・エンドという古いながら感じがいい赤煉瓦の家に滞在していた妹ヘレンから来た手紙を見てマーガレットはびっくりしました。

そこには、ウィルコックス家の次男のポールと愛し合う仲になったと書かれていたから。ヘレンに早まった行動をしないように言いたいところですが、弟のティビーが病気になっていて身動きが取れません。

そこで亡くなった母の妹にあたる伯母のマント夫人がヘレンに会い行きましたが、ハワーズ・エンドに着いた頃には状況が変わっていて、ヘレンとポールの婚約は、もうなかったことになっていたのでした。

ある時ベートーヴェンの演奏会で、その音楽が「彼女の一生でそれまでに起こったこと、またこれから起こり得ることの一切を要約してくれた」(46ページ)ように感じたヘレンは上の空で会場を出ます。

すると慌てたのが若い青年。ヘレンは青年の傘を間違って持っていってしまったのです。マーガレットはお詫びがわりに青年をお茶に招待しますが、不気味に思った青年は、傘を受け取ると帰ったのでした。

青年の名はレオナード・バスト。帰りながら彼女たちは淑女ではないだろうと考えます。もしそうなら唐突にお茶に誘うことはしないはずで、何らかの手でお金を巻き上げるつもりだったのかもと思います。

レオナードの部屋にはリボンや鎖のついた派手なかっこうをしたジャッキーという女性がやって来ました。33歳で20歳のレオナードからするとかなり年上ですが、ジャッキーは結婚を迫り続けています。

「もし兄さんに解ったら」彼は怯えた調子になるのを幾分、楽しんでいるようすでそれを繰り返して、「もし兄さんに解ったら、われわれはもうおしまいなんだ。わたしは世界中を向こうにまわしているんだよ、ジャッキー」
「そうなんだよ、ジャッキー。わたしは人がいうことなんか問題にしていないんだ。わたしは自分がすると決めたことをさっさとやって、わたしは昔からそうなんだ。ほかの臆病ものと違って、女が困っているのにほうって置いたりはしない。わたしはそういうことはしない質なんだ」
「もう一ついって置いてもいいのは、わたしは文学や芸術の教養を身につけて視野を広くすることを考えているんだ。例えば、きみが入ってきたときにわたしはラスキンの『ヴェニスの石』を読んでいたんだよ。わたしはそれを自慢していっているんじゃなくて、わたしがどういう人間かきみにも解ってもらいたいからなんだ。今日の古典音楽をわたしはほんとうに楽しむことができた」
 レオナードが何をいっても、ジャッキーはまったく無関心で
晩の食事の用意ができたときにようやく彼女は、「でも、わたしを愛しているのね」と言いながら寝室から出てきた。(73ページ)


寝る前に本を読みながらレオナードはもう一度あの姉妹について考えます。彼女たちは生まれ持った幸運で広い家に住んでいるが、自分はどんなに努力しても、ああいう生活をすることは出来ないだろうと。

マーガレットとヘレン、ティビーが暮らすウィッカム・プレースの向かいに高層建築が建てられていたのですが、そこの一室になんとウィルコックス家が入ることになったので、マーガレットは戸惑います。

ウィルコックス夫人が名刺を置いていったので、マーガレットはこれ以上の交際を断る手紙を書きましたが、ウィルコックス夫人は、ポールがもう外国に行ったこと知らせに来てくれたのだと分かりました。

自分の行動を恥ずかしく思ったマーガレットはすぐにお詫びをしに行き、それをきっかけにマーガレットとウィルコックス夫人との交流が始まります。お互いの家族のことなど色々なことを話し合いました。

ウィルコックス夫人がクリスマスのプレゼントを選ぶというので、一緒に買い物に行った時に、プレゼントはなにが欲しいかと尋ねられたマーガレットは、プレゼントは別にもらわなくてもいいと答えます。

「なぜなんですか」
「わたしはクリスマスというものについて他の人たちと違った考えを持っているんです。金で買えるものならばもうなんでもあるんですから。わたしは人はもっと欲しいけれど、ものは欲しくないんです」
「わたしは、あなたにお目にかかったことを記念するのにおかしくないものを上げたいんですよ、シュレーゲルさん。あなたはわたしが一人でいるとき、親切にしてくださったんです。わたしは一人になっていて、あなたのお蔭でくよくよしないですみました。わたしはくよくよするんです」
「もしそうならば、もしわたしが知らずにあなたのお役に立ったのなら」とマーガレットはいった。「それをものでお返しになることはできないんじゃないでしょうか」
「そうなんでしょうけれど、何か上げたいんです。そのうちにいいものを思いつくかも知れません」
 マーガレットの名前は表の一番上に残ったが、その脇に何も書きこまれなかった。二人は店から店へと行って、外の空気は白く見え、馬車から降りるとそれが冷たい銅貨のような味がした。
(110~111ページ)


それから間もなくして、ウィルコックス夫人が亡くなります。みんなには隠していましたが、病気だったのでした。ウィルコックス夫人は病床で、ハワーズ・エンドをマーガレットに遺すと書いていました。

しかしウィルコックス氏、長男チャールスとその妻ドリー、長女のイーヴィーは相談した結果、ハワーズ・エンドを他の人に渡したくないということにまとまりウィルコックス夫人の意志を握りつぶします。

それから二年ほどが何事もなく過ぎた時、一人の女性が突然ウィッカム・プレースを訪ねて来ました。夫が名刺を持っていたので浮気を疑ってやって来たのです。レオナードの妻になったジャッキーでした。

レオナード夫妻の生活が困窮していると知って、マーガレットとヘレンはなにかをしてあげられないかと思いますが、そんな中、ウィルコックス氏からレオナードがつとめる会社はあぶないと知らされます。

マーガレットはそれを教えてやり、他の会社に移るように言ってやったのですが、侮辱されたように思ったレオナードは腹を立てました。

ウィルコックス氏はレオナードを軽く見て笑ったものの、あの人にもいい所があるとマーガレットに反論され、「一人の女と二人の男が性の不思議な三画をなし」(205ページ)不思議な嫉妬を感じます。

やがて、ウィッカム・プレースを立ち退かなければならなくなり住む場所を探していたマーガレットに思いも寄らぬ申し出があって……。

はたして、マーガレットとヘレンは、それぞれ幸せを手に出来るのか? そして、ハワーズ・エンドは一体誰が手にするのか!?

とまあそんなお話です。ここからさらに物語は、複雑な形で展開していくこととなります。派手なストーリーこそないものの、なかなかに意外な出来事が続くので、面白く読める作品ではないかと思います。

一つの家をめぐる二つの家族の物語が、上流階級と下層階級との違いを浮き彫りにしながら描かれていく小説で、テーマ的に非常に面白いです。落ち着いていて、じっくりと進んでいく文章もいいですねえ。

身分の違いを描く『高慢と偏見』や常に冷静な姉と感情的な妹を描く『分別と多感』などジェイン・オースティンの作品と印象が重なる部分もありますが、オースティンほどの明るさとウィットはないです。

分別と多感 (ちくま文庫)/筑摩書房

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ですが、その分現実がリアルに、そしてシビアに描かれている感じがあって、フォースターの作品ならではの面白味もあります。人生について色々と考えさせられる作品なので、ぜひ、読んでみてください。

明日は、大藪春彦『蘇える金狼』を紹介する予定です。