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L・M・オルコット(吉田勝江訳)『若草物語』(角川文庫)を読みました。
『若草物語』はみなさんご存知ですよね。それぞれ個性的な4人姉妹の成長を描いた物語で、何度もアニメ化や映画化されている児童文学の名作です。
『若草物語』は男の子よりも女の子に人気のある作品だと思うので、子供の頃に好きだったという女性の方の感想をぜひ聞いてみたいです。気軽にコメントを残していってくださいね。
大人で、しかも男性であるぼくが読んでの感想ですが、『若草物語』はとても面白い小説です。もしかしたら、女の子が読んで感じる面白さのポイントとは、ずれているかもしれませんが、ぼくはそう思います。
児童文学で描かれる女の子の主人公というのは、ある共通点があります。モンゴメリーの『赤毛のアン』や、バーネットの『小公女』もそうでしたが、お話を作るのが得意な女の子が多いんですね。
それは簡単に言えば、作者の子供時代の投影なんですが、その中でもこの『若草物語』の次女ジョーは、作家的資質を持ったキャラクターです。ジョーが小説家になろうとして努力する姿が、とても印象に残ります。
ぼくは、マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』などももちろん好きですが、外で泥だらけになって遊ぶよりも、本を読んだり絵を描いたり、そうした静かな遊びを好む子供だったので、こうした女の子が主人公の児童文学の方が、自分の子供時代と共通するものがあったりします。
『若草物語』は児童文学にリアリズムを持ち込んだという言い方がされることがあります。たしかにそれはその通りです。でもそれは、本来とてもおかしなことなんですよ。
リアリズムというのは、現実そっくりに書くことなんですが、そんな児童文学、面白いわけがないじゃないですか。現実とは違う、空想の要素があってこそ面白いはずなわけで。
たとえば、悪いドラゴンがいて、それを王子が倒すというお話なら分かります。あるいは、お姫様のお話なら分かります。ところが、『若草物語』は、中流階級の4姉妹のなんでもない日常が描かれるだけです。劇的な事件は起こりません。
ですが、『若草物語』の面白さというのは、まさにそこにあるんですね。つまり、英雄の物語に心踊らせるように、自分とは切り離されたものとして受け止めるのではなく、すごく共感(シンパシー)を感じることのできる小説なんです。
読んでいて、登場人物の気持ちが本当に手に取るほど分かるんですね。これほど感情が直に伝わってくる小説というのは、あまりないだろうと思います。
『若草物語』のすごいところは、全員の気持ちが分かることなんです。たとえば、次の場面を読んでみてください。友達のローリーとその祖父ローレンス氏がケンカをして、どちらも譲らないのを、ジョーが仲裁に入ったところです。
「お教えしましょうかーーあのひと家を飛びだしますよ」言ったそばからジョーは後悔した。彼女はただ、ローリーはあまり束縛されると我慢ができない人間だということを注意して、もう少し寛大にしてやってほしいと言ったつもりなのであった。
ローレンス氏のあから顔からさっと血の色が引いた。それから腰をおろして、テーブルの上に掲っているりっぱな人の肖像を、心配そうな顔をしてながめたのである。それは若いころ家を飛びだしてこの権柄ずくな老人の意に逆らって結婚をした、ローリーの父親なのであった。ジョーは氏がその昔を思い出して後悔しているのだとわかったので、あんなことを言わなければよかったと思った。(411ページ)
普通は、どちらか片方の気持ちしか分からないものなんです。ローリーが中心であれば、ローレンス氏の気持ちは分からず、ローレンス氏が中心であれば、ローリーの気持ちは分からないという形。
ところが、『若草物語』では、ローリーの気持ちも、ローレンス氏の気持ちも、そしてジョーの気持ちもすごくよく分かるんですね。敵役のような人物は存在しないんです。まあ、マーチ伯母はある種そうかもしれませんけど。
こうした登場人物との距離感というのは、単にリアリズムの導入ということだけにとどまらない、『若草物語』の持つ大きな特徴だろうと思います。近すぎず、遠すぎず、全員の気持ちに共感することができるという、不思議な小説なんです。
少し話を変えます。4姉妹の成長が描かれていくということについて。
4姉妹の母親がとてもできた人で、子供たちを正しい方向に導いていこうとするのもこの作品の魅力です。それが決して押しつけがましくなく、納得しやすい形になっているので、心に沁みます。
ジョーというのは、癇癪持ちというか、まあ怒りっぽいところがあるんですね。それで周りの人を傷つけてしまう。みなさんだったら、そんな子供になんて声をかけますか? 少し考えてみてください。
普通は、「すぐ怒るのは悪い癖よ」と叱ることぐらいしかできないだろうと思います。ところが、4姉妹のお母さんは違います。自分もあなたと同じだったと言うんです。ジョーはその言葉を聞いて驚きます。
「お母さまが? だって、お母さま、一度もお怒りになることないじゃありませんか?」ジョーはあまりびっくりしてしまって、ちょっとの間、悔恨の気持ちを忘れたくらいだった。
「お母さまはそれを直すのに四十年もかかりましたよ。それでもまだやっとそれをおさえられるようになっただけです。お母さまはね、ジョー、たいてい毎日なにかしら怒らない日はないのよ。でもどうやらそれを表さないですむようになりました。こんどは心から怒るということがないようになりたいと思っています。そうなるのにはまた四十年もかかるかもしれないけれどね」(151ページ)
なんとも素晴らしい考え方、そして素敵な教え方だと思いませんか? 普通、教育というのは枠に嵌めてしまいがちです。これこれこうという枠を作り、そこからはみ出したら、叩いて枠に収まるようにするというやり方。
ところが、4姉妹のお母さんというのは、「自ら気づかせる」ということを大切にしているんです。宗教的とも言える心の広さですよね。
登場人物との距離感、お母さんの教育、そして4姉妹がどんな風に成長していくのか、そんなところにぜひ注目してみてください。
作品のあらすじ
こんな書き出しで始まります。
「贈り物しないんならクリスマスったってクリスマスらしくありゃしないよ」ジョーは敷物の上にねころびながら、ぶつくさ言った。
「貧乏っていやねえ!」メグはためいきをついて自分の古びたドレスに目をとおした。
「きれいなものをいっぱいもってる娘もいるのに、何もない娘もいるってのは不公平だと思うわよ」小さいエイミーまでこう言ってぷんぷんした。
「でも私たちにはお父さまとお母さまがあるわ。それに姉妹だってあるし」自分の席で満足そうにこう言ったのはベスである。
炉の明かりに照らされた四つの若々しい顔は、この楽しげな言葉をきいてちょっとあかるくなった。(9ページ)
マーチ家の4姉妹の登場です。長女が16歳のメグ。やさしくて、しっかりした考えを持っていて、まさにお姉さんという感じです。
次女が15歳のジョー。怒りっぽいのが玉に傷ですが、感情豊かで、作家になるのを夢見ています。4姉妹のムードメーカー的存在。
三女は13歳のベス。ベスは天使みたいと言ったらいいんでしょうか、すごく純粋で、物事をいい方に考えることのできる女の子です。ただ、とても内気で、引っ込み思案。
四女は12歳のエイミー。典型的な末っ子タイプで、わがままで勝気なところがあります。
マーチ家のお父さんは戦争に行っていて、生活していけないほどではないんですが、貧しい暮らしをしています。それでも思いやりを忘れないマーチ家。
ある時、ジョーはローリーという、もうすぐ16歳になる少年と出会います。ローリーというのは、近くに住んでいる大金持ちローレンス氏の孫です。2人はこんな会話をします。
「ローリー・ローレンス。へんなお名前ね!」
「僕の名前はシオドアっていうんです。でも僕はそれがいやなんですよ。友だちがドーラって呼びますからね。ですから代わりにローリーって言わせるようにしました」
「私も自分の名前が大きらい。だって、あんまりセンチメンタルでしょう! 私、みんながジョゼフィンなんて言わないで、ジョーって呼んでくれるといいと思いますわ。あなたはどうやってお友だちがドーラって呼ばないようになさいましたの?」
「なぐったんです」
「私、マーチ伯母さんをなぐるわけにはいきませんわ。じゃ、我慢するよりしかたがありませんのね」ジョーはあきらめた様子でためいきをついた。(57ページ)
なぜここを引用したかというと、それはもう単純にぼくが好きだからです。「なぐったんです」が面白いですよね。それはまあともかく、段々とローリーと4姉妹は仲良しになっていきます。
やがて、ローリーのおじいさんのローレンス氏とも付き合うようになります。見かけはなんだか怖いローレンス氏。ジョーは男の子っぽいというか、持ち前のざっくばらんさでローレンス氏と打ち解けます。
ベスはピアノを弾くのが好きなので、ローレンス氏の持っているグランド・ピアノに憧れます。ところが、遊びに行った時、大きな声でローレンス氏に「やあ!」と言われたベスは、もうびっくりしてしまって、それ以来ローレンス氏の所へ行けなくなってしまいました。
それを聞いたローレンス氏がまたいいんですよ。マーチ家に訪問した時に、さりげなく音楽の話をするんです。すると、興味津々のベスがおそるおそる近づいてきます。
そして、「ピアノというものは使わんでおくとわるくなります。お宅の嬢さんのうち、どなたかちょこちょこきて稽古をしてくださる方はありませんかの?」(114ページ)と言うんですね。この場面がぼくは『若草物語』の中で一番好きです。
ジョーとエイミーはささいなことでケンカをし、もうとんでもないことになります。ぼくは正直エイミーを許せませんけどね。
ジョーは書き上げた小説を新聞社に送ります。ベスが病気にかかり、みんなは心を痛めます。そして、メグには求婚者が現れて・・・。
とまあそんなお話です。4姉妹の日常に起こる出来事と、それぞれの成長が描かれていきます。マーチ伯母というのがちょっと嫌なキャラクターなんですが、その嫌なキャラクターのまま、最後にいい役目を果たします。
目立った事件は起こりませんが、それだけに「あるある」という感じで共感できる物語だと思います。興味を持ったらぜひ読んでみてください。
何を隠そうぼくも昔は癇癪持ちだったので、すごくジョーに共感する部分が多かったです。ジョーいいですよね。でも、ぼくが一番好きなのはベスです。ベスは引っ込み思案なんですが、そこがいいですね。ベスの気持ちもよく分かります。
『若草物語』には続編があります。続編は読んだことがないので読みたいなあと思って、全巻揃っている角川文庫で読み始めたので、その内、続編の方も紹介できたらなあと思います。
明日は、カルロ・コッローディの『新訳 ピノッキオの冒険』を紹介する予定です。