ジェフリー・アーチャー『百万ドルをとり返せ!』 | 文学どうでしょう

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百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)/ジェフリー アーチャー

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ジェフリー・アーチャー(永井淳訳)『百万ドルをとり返せ!』(新潮文庫)を読みました。

straighttravelさんのブログ「Straight Travel」で紹介されていた小説です。

ぼくはいわゆるクライム・サスペンスの映画が好きなんです。本の紹介のあとで少し触れますが、たとえばダイヤモンドをめぐって皆が騙し合いをして、最後の最後に大どんでん返しがあるようなやつ。

『百万ドルをとり返せ!』の裏表紙の紹介文にはこう書かれています。「”コン・ゲーム小説”の傑作」と。

「コン・ゲーム小説」というのが、つまりそういう小説なんです。誰かを詐欺で騙して、お金を手に入れるために、ストーリーが二転三転する物語。

誰かを騙すということは、常に「バレないか」というひやひやみたいなものがあるということです。

たとえば、「学校の宿題はもうやったの?」とお母さんに言われて、本当はまだやっていないのに、「うん。もうやったよ」と言う時のようなひやひやです。いつ本当のことがバレてしまうのかと。

『百万ドルをとり返せ!』では、4人の男がチームを組んで、1人の悪者を騙そうとする話なんですが、この悪者が相当すごいんです。

ビジネスと詐欺の境界線のようなところを、ぐんぐん歩いて大金持ちになった男なので、頭もいいし、腹がすわっている。これだけの大物を騙すのはとても大変です。

お母さんに宿題をやっていなかったことがバレても、「こら~、早くやりなさい!」で終わりですが、この悪者に真相がバレたら、とんでもないことになりますよね。さらに仕返しなんかされた日には、もう終わりですよ。

そうしたひやひやの面白さがまずあります。そしてなにより面白いのは、4人の男が、別に詐欺師でもなんでもないということ。普通に働く普通の人たちなんです。

つまり全然、詐欺のプロフェッショナルとかではありません。人を騙すということに関しては、なんの知識も経験もない4人が集まって、人を騙して生きてきた大物に挑むという構図。

もうこれはRPGでレベル上げをちゃんとしていない主人公のパーティーが、いきなりラスボスに挑むようなものですよ。本来、到底勝ち目はないんです。

そこをお互いの得意なジャンルで補い合って、なんとかミッションをやり遂げようとする小説です。

4人の男は、100万ドルを手に入れることができるのか?

作品のあらすじ


プロローグでは、ハーヴェイという男が、銀行家に電話で指示を出し、秘書にプロスペクタ・オイルという会社と関連する資料をすべて処分させます。

一方、4人の男がそれぞればらばらの場所で、新聞でプロスペクタ・オイルの株価をチェックしています。「あすは文無しの身だとも知らずに」(9ページ)

物語の本編はこんな書き出しで始まります。

 百万ドルを合法的に稼ぐのは常にむずかしい。法の裏側で百万ドルを稼ぐのはそれより少しやさしい。稼いだ百万ドルを持ちつづけることが、おそらくはいちばんむずかしい。ヘンリク・メテルスキはこの三つともやってのけたまれな人間の一人だった。(10ページ)


ヘンリク・メテルスキが、ビジネスと詐欺のグレーゾーンを歩きながら、大金持ちになっていく様が描かれていきます。そして、貧しい生い立ちから縁を切るため、ハーヴェイ・メトカーフと正式に名前を変えます。

このハーヴェイが、悪者であり、この物語の詐欺のターゲットになります。

ハーヴェイはあるアイディアを思いつきます。石油を掘り当てる幽霊会社を作って、石油が出ると見せかけて投資のお金を集めようと。まあ詐欺みたいなことですね。

詐欺みたいなことですが、詐欺だとも言い切れない。確実な投資なんてものはないですから、すごくグレーゾーンなんです。

石油が出る可能性が高いという学者のレポートも、とても巧妙に書かれていて、詐欺とは立証できないんですね。

ハーヴェイは、デイヴィッドというハーヴァード・ビジネス・スクールの卒業生を雇います。このデイヴィッドは、自分の会社プロスペクタ・オイルの可能性を信じていますから、自分でも株を買い、周りの人にもすすめます。

ところが、すべてはハーヴェイの手のひらの上だったわけで、巧妙に株価を操作して、お金が集まったところで、ハーヴェイは手を引きます。プロスペクタ・オイルの株価は大暴落。

自分も被害者であり、間接的に加害者になってしまったデイヴィッドも姿を消してしまいます。

大金持ちになるという夢に賭け、夢破れた4人の男が残されました。デイヴィッドにすすめられて、プロスペクタ・オイルに投資し、一文無しになってしまった男たち。

4人の中心になるのは、デイヴィッドの友達で、数学教授のスティーヴン。スティーヴンは他の被害者3人と連絡を取り、会合を開きます。そしてこう言うんです。

「われわれは株式詐欺のプロであることがわかった知能犯に金を盗まれました。われわれは株のことはよく知りませんが、みなそれぞれの分野におけるプロです。そこで、みなさん、ぼくは盗まれた金を盗み返すことを提案します。
 一ペニーも多くなく、
 一ペニーも少なくなく、です」

(104ページ、「一ペニーも多くなく、一ペニーも少なくなく」は原文ではゴチック)


他の3人の名前と職業を書いておきますね。ロビンは医者、ジャン=ピエールは画商、ジェイムズは貴族です。この4人が、盗まれた100万ドルを奪い返そうとする物語です。

一気にどかんと奪い返すのではなく、それぞれが1人ずつ自分の得意分野で作戦を立てて、それを残りの人間がサポートするという形です。つまりミッションは4つあって、大体25万ドルずつ奪い返すという感じですね。

結末にどかんと大きなミッションがあるわけではないので、インパクトには欠けますが、ずっと「バレてしまわないか」という、ひやひやが続きます。ハーヴェイはもう一筋縄ではいかないんですよ。計画通りに動いてくれないんです。

4人は100万ドルを奪い返すことができるのか!?

とまあそんな物語です。読んでいて違和感というか、どこかきな臭いものを感じていて、「これはなにかあるな」と思っていた部分がやっぱりなにかあったんですけど、なかなか予想外でした。

物語の最後は、思わずにやりとさせられます。

正直、それぞれの個性がそれほど光っているとは言えなくて、もうアマチュア感丸出しなんですが、それがかえって物語の後半でいきてくるというか、そこにも納得がいく感じに仕上がっています。

コン・ゲーム小説というのは、ありそうでなかなかないので、機会があればぜひ読んでみてください。

おすすめの関連作品


リンクとして、小説を1冊と、映画を3本紹介します。

まずは小説から。詐欺師を描いた日本の小説と言えば、井上尚登の『T.R.Y.』がおすすめです。

T.R.Y. (角川文庫)/井上 尚登

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少し古い時代の中国が舞台になっています。その設定にやや読みづらさはあるかもしれませんが、これほどの痛快さ、そしてエンターテイメント性を持った詐欺の小説はなかなかないですよ。織田裕二主演で映画化もされましたね。

続いては、映画。まずは『スティング』から。

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『スティング』というのは、『百万ドルをとり返せ!』の中にも登場していた映画で、コン・ゲームものの基本であり、傑作です。

残念なことに、『スティング』で使われたアイディアが素晴らしすぎるために、もうかなりの数、模倣されているんですよ。ぼくらが今『スティング』を観て感じるのは、驚きではなく、既視感だろうと思います。

それでも魅力的な詐欺師や、その詐欺がうまくいくのかどうか、はらはらどきどきしながら観ることのできる映画です。リズミカルなあの音楽も魅力的。

続いては、ガイ・リッチー監督の、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』を紹介します。ガイ・リッチー監督は、最近だと『シャーロック・ホームズ』を撮った監督です。

ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ  [DVD]/ジェイソン・フレミング,デクスター・フレッチャー,ニック・モーラン

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こちらはコン・ゲームというよりは、クライム・サスペンスですが、ちょっと面白い形式をしています。

基本的なストーリーラインは、ギャンブルで莫大な借金を負ってしまった仲良し4人組が、借金返済のためにあるミッションを企てるというものですが、そこに全然違う話が入ってきます。

複雑に絡み合った断片的なストーリーが、それぞれに奇妙に影響を与えて、そこに笑いが生まれてくるんです。これは傑作なので、ぜひ観てみてください。

同じ監督の『スナッチ』も面白いです。

『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』に衝撃を受けて依頼、同じようなクライム・サスペンスものを探していて、その中でちょっと「おっ」と思ったのが、『ウェルカム・トゥ・コリンウッド』です。

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基本的にぼくはエドワード・ノートンとか、サム・ロックウェルとか、弱い役も強い役もできて、物語の中で突然豹変するような、そういうくせ者俳優が好きなんです。

『ウェルカム・トゥ・コリンウッド』は、そのサム・ロックウェルが出ています。何人かのメンバーで金を奪う計画を立てるんですが、そのメンバーがもう怪しいんですよ。はたして計画はうまくいくのか?

傑作ではないんですが、なんだかちょっと面白いクライムものです。機会があればこちらもぜひぜひ。