(4)おすすめの入門書と口語訳について | 文学どうでしょう

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おすすめの入門書


『源氏物語』を読んでみたいけれど、どこから手をつけたらよいのやら、という方のために、おすすめの入門書を紹介しますね。

なんとなくの全体像をつかみたい方、ストーリーを楽に把握したい方は、『まろ、ん?―大掴源氏物語』がおすすめです。

まろ、ん?―大掴源氏物語/小泉 吉宏

¥1,365
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光源氏が栗みたいになっていて、4コマ漫画のようなテイストで描かれているのがユニークです。『源氏物語』をざっくり知りたい方はこれがよいと思います。

もう少ししっかり物語を楽しみたい人は、大和和紀『あさきゆめみし』がおすすめです。もはや『源氏物語』入門の決定版と言っていいマンガです。

あさきゆめみし 美麗ケース入り 全7巻文庫セット/大和 和紀

¥4,673
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『あさきゆめみし』は冒頭が若干原典と違うものの、後はほとんど忠実に描かれていたはずです。このマンガで『源氏物語』のストーリーはかなり楽しめます。

マンガのいいところは、分かりやすく、イメージがはっきりしているところです。ただ、まさにそこがデメリットでもあります。つまり原文の持つイメージの曖昧さというのは失われてしまうわけです。

光源氏の容姿など、描かれないからこその美があります。そして、たとえば夜、光源氏が女君の部屋に忍び込む場面がありますが、文章でそれが書かれていて想像するのと、絵で見るのとでは、読み手の感覚としてはやや違いがあります。

あとはキャラクターのイメージが『あさきゆめみし』のイメージで定着してしまうということがあります。特に女三宮のあの死んだような真っ黒な目は強烈なインパクトが残るはずです。

文章のイメージを文章で上書きすることはある程度可能ですが、イラストや映像のイメージを文章のイメージで上書きするのは難しいと思います。マンガのイメージがつきすぎることを覚悟して読むなら、入門にはとてもいいマンガです。

文章での入門におすすめなのが、田辺聖子の『源氏がたり』(全3巻)です。

源氏がたり〈1〉桐壷から松風まで (新潮文庫)/田辺 聖子

¥580
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田辺聖子は、『源氏物語』の口語訳もありますが、この『源氏がたり』は『源氏物語』について語った講演が元になっています。新潮文庫なので手に入りやすいですし、読みやすく、分かりやすい本です。

ぼくはこれが最もおすすめです。入門として面白く読めますし、なによりイメージがつきすぎないのがいいです。

そして裏おすすめとも言うべきものがあります。もういっそのこと、『源氏物語』を小説として読みたい人に。『ウェイリー版 源氏物語』(全4巻)です。

ウェイリー版 源氏物語〈1〉 (平凡社ライブラリー)/紫式部

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ぼくの好きな作家に正宗白鳥がいます。正宗白鳥は、『源氏物語』はつまらないと思っていたけれど、英語で読んだら面白かった、みたいなことを言っているんですが、この『ウェイリー版 源氏物語』は、アーサー・ウェイリーが『源氏物語』を英語に翻訳したものをさらに日本語に翻訳したものです。

口語訳でもそうですが、『源氏物語』は敬語がつきすぎていて読みづらいということがあります。『アーサー・ウェイリー版 源氏物語』は敬語も和歌もすっ飛ばしてるんですが、それがかえって読みやすくていいんです。

「いつの時代か知らない」みたいなざっくりした書き出しで始まります。翻訳小説の文体に慣れている人はすらすら読んでいけると思います。これは結構面白いですよ。原文との忠実さなど、様々な問題を除けば、物語を読むという点では一番面白いと思います。

口語訳について


マンガや入門書などでストーリーを把握した後は、原文ではなく口語訳といって、古文を現代語に直したものを読むのが普通だろうと思います。

それについて触れようと思うんですが、実はなにを隠そう、ぼくは口語訳をほとんど読んでないんですよ。ぱらぱら目を通したことくらいはありますけれども。なので印象程度の比較しかできませんが、まあなにかの参考にしてみてください。

日本で『源氏物語』の口語訳として普及しているものは、多くが作家が訳したものです。一言一句丁寧に現代語にしているというよりは、物語として読みやすいように文章が工夫されています。

どこまで原文に忠実かはそれぞれ違いますが、学術的なものとはまた少し違うととらえた方がよいです。かと言って、学術的なものは原文には忠実だけれど、非常に読みづらいです。そういった違いがあります。

口語訳のいくつかの問題について考えてみたいと思います。それは訳者の問題ではなくて、現代語に置き換えられないものがあるんです。

たとえば、平安時代の文化や役職など。これはどうしたって注がいりますよね。そして注はあればあるほど読みづらくなります。

それから原文の敬語をどう訳すか。天皇のことなどを書いているわけですから、もう最上級の敬語が使われていたりします。これをどう訳すかというか、どの程度敬語を省いて書くかという問題があります。

そして登場人物に名前がないこと。基本的に『源氏物語』の登場人物には名前がなく、詠んだ歌などによって名前が便宜的につけられています。

光源氏の親友でライバルで奥さんのお兄さんに頭中将という人物がいるんですが、頭中将というのも役職名なので、どんどん変わっていきます。この辺りをどうするか。

光源氏が子供の頃から養育して、やがては奥さんのようになる人に紫の上という女君がいます。この「ーの上」というのは奥さんという意味なのですが、では最初に登場した時にはなんと表記すればいいのか。

また明石の上とか明石の君と呼ばれる女君がいるんですが、「ーの上」か「ーの君」かどちらかを選択した時点で、訳者の解釈が入ってくることになります。つまり奥さんクラスか愛人クラスかということですが。

そうした様々な問題が示すのは、『源氏物語』がどの視点で描かれているかということです。つまり誰から見た誰が描かれているのか。原文でも様々な議論がありますが、基本的には女房から見た視点で書かれているという設定だろうと思います。

つまり光源氏や女君たちよりも低い目線から物語は綴られているわけで、名前を呼び捨てにすることも、敬語をなくすこともできません。それを小説的なニュートラルな視点でやろうとすると齟齬をきたすというか、やや無理があるわけです。

そして『源氏物語』は、元々が長編小説的な構造とともに短編小説的な構造も持っているので、すべてに整合性のある長い小説に置き換えようとすると、それはそれで難しい部分があるんです。そうした問題があります。

なのでぼくは個人的には『源氏物語』は注や口語訳を参照にしながらでも、原文で読むのがベストだと思うのですが、やはり口語訳で読めるということ、それも様々な選択肢があるというのはよいことだと思います。

では、代表的な口語訳について少しずつ触れて終わります。

与謝野晶子訳は角川文庫(全5巻)に入っています。

全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)/紫式部

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わりと読みやすくておすすめですが、与謝野晶子自身が歌人ですから、『源氏物語』の和歌は訳さなくても分かるよね、というスタンスです。『源氏物語』は和歌にも重要な意味があるので、そこだけちょっと気になるところです。

谷崎潤一郎訳は中公文庫(全5巻)に入っています。

潤一郎訳 源氏物語 (巻1) (中公文庫)/紫式部

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作家の口語訳なのに原文に忠実であろうとしていて、文体が硬かったり、注がたくさんあったりして正直読みづらいです。あまりおすすめはしません。

円地文子訳は新潮文庫(全5巻)に入っています。

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)/紫式部

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原文との忠実さというか、訳文の硬さと柔らかさがいいバランスになっている訳だと思います。とっつきづらい感じもありますが、じっくり読むにはよいと思います。

田辺聖子訳は新潮文庫(全5巻)に入っています。

新源氏物語 (上) (新潮文庫)/田辺 聖子

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『新源氏物語』が3巻あって、「宇治十帖」を扱った巻が2巻。田辺聖子訳も読みやすさという点ではかなりおすすめですが、柔らかすぎる感じがしたりもします。

瀬戸内寂聴訳は講談社文庫(全10巻)に入っています。

源氏物語 巻一 (講談社文庫)/瀬戸内 寂聴

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与謝野源氏と並んで、もはや口語訳の決定版が瀬戸内源氏だろうと思います。なにか迷ったらこれを読んでおけば間違いないというくらい、もはや定着している感じがします。訳はわりと柔くて読みやすいと思います。

大塚ひかり訳はちくま文庫(全6巻)に入っています。

源氏物語〈第1巻〉桐壺~賢木 (ちくま文庫)/著者不明

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大塚ひかりはエッセイストなので、途中でコラムのようなものが収録されています。『源氏物語』の世界を現代的解釈でとらえているところに新しさとこの訳のいい部分があるのですが、そこが同時に残念なところだとぼくは思います。

つまり、『源氏物語』の仄めかしがぼくはいいところだと思うわけです。映画のラブシーンで考えてみてください。男女がベッドの上でいい感じになったところでフェードアウトするからいいんです。そこからAVみたいな直接的な性描写を描いてしまうと、途端にロマンティシズムのようなものは失われてしまいます。

たしかに身も蓋もない言い方をすればその通りなのでいいんですが、やっぱり現代における性的関係と『源氏物語』の性的関係にはなんらかの違いがあるとした方が、ぼくはロマンティシズムなり、いい部分なりがあると思うんですね。まあその辺りは読者の好みですね。

橋本治訳は中公文庫(14巻)に入っています。

窯変 源氏物語〈1〉/橋本 治

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これは訳ではなく『源氏物語』を小説化したものです。これはすごくいい試みですよね。これこそが小説家のとるべき態度である気もします。ただ、読みやすいかと言えばそうでもなく、小説化しているからこその読みにくさもあります。

つまり光源氏がなにをどう考えているかも表現されてしまっているわけで、描かれないからこそのよさは失われてしまうんですね。試み自体はすごくよくて、こうしたものが何パターンか出てきても面白いだろうと思います。

他にもいくつか口語訳はありますし、今出ているものもありますが、代表的なものはこんなところでしょう。いずれの訳もどれがいいとか悪いとかではなくて、バリエーションの1つですから、興味のあるものを手に取ればそれでよいと思います。

そして機会があれば、ぜひ原文にも挑戦してみてくださいね。


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