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マーク・トウェイン(大久保博訳)『トム・ソーヤーの冒険』(角川文庫)を読みました。
みなさんトム・ソーヤーはご存知ですよね。なんとなくの話も分かるだろうと思います。トム・ソーヤーとハックルベリー・フィンという少年たちが冒険をする話。
悪党に怯えたり、宝を見つけたり。それから気になる女の子もいて・・・。いわゆるボーイ・ミーツ・ガールの話。
ボーイ・ミーツ・ガールは、そのままの意味で、男の子が女の子と出会う話です。まあ宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』を思い出してもらえればいいです。
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『天空の城ラピュタ』は今さら説明はいらないと思いますが、空から女の子が降ってくるんです。ゆっくりと。それをパズーが受け止める。
とたんにずっしりと重みがかかります。一体この女の子は何者なんだろう? 謎に満ちた、すごく面白い始まり方ですよね。だって空からですよ。
『天空の城ラピュタ』もわくわくどきどきの冒険ものです。古代的であると同時に未来的であるというラピュタの設定がたまりません。
カップルの方は、恋人が少し離れたところにいたら、「シーター!」と叫んで手を伸ばして、もう片方が「パズー!」とやる『天空の城ラピュタ』ごっこで楽しむといいです。
出かける時に「40秒で支度しな!」というのも盛り上がります。東京タワーなど高い所に登ったら、すかさず「見ろ、人がゴミのようだ」というのを忘れずに。
まああれですね、相手によりますけど(笑)。何度もやると飽きられますのでご注意を。
あれ、なんの話でしたっけ。そうだ『トム・ソーヤーの冒険』でした。
『トム・ソーヤーの冒険』は、子供時代に友達と公園や山で遊んだ感覚が甦る、わくわくどきどきの物語なんです。
でも意外と、いわゆる子供向けのダイジェスト版でしか読んだことがないのでは?
今回ぼくは角川文庫の「トウェイン完訳コレクション」というので読み直したんですが、500ページ弱あって、想像以上のボリュームです。ストーリーもシンプルとは言えず、決して読みやすい小説ではないんです。
けれど、まさにそこがいいところなんですね。実は『トム・ソーヤーの冒険』で描かれているのは、なにかを求める積極的な”冒険”ではなく、むしろ”日常”の方なのだろうと思います。
おばさんや学校のルールに縛られる暮らし。大人たちの世界にすごく近いようで、また違った子供たちだけの世界があります。
そんな”日常”に”冒険”的要素が入ってくるところが面白いわけで、”冒険”的なストーリーだけを追いかけると、わりと読みづらい部分があります。
子供たちの世界という”日常”、トム・ソーヤーがどんな女の子に夢中になるのか、またその関係はどうなるのかという、ボーイ・ミーツ・ガールの話、そこにちょっぴりはらはらどきどきの”冒険”が入ってきます。
作品のあらすじ
よく文学作品は書き出しが命と言われます。書き出しがダメなものはもう全体がダメだと。そしてダメな書き出しの例でよくあげられるのが、会話文で始まる書き出し。
登場人物や風景の描写でもなく、作者の考えが書かれるわけでもなく、唐突に会話文で始まるのはあまりよくない。
ところで、『トム・ソーヤーの冒険』の書き出しはこんな感じです。
「トム!」
返事がない。
「トム!」
返事がない。
「どうしたんだろう、あの子ったら? ねえトムや!」
返事がない。(10ページ)
会話文で始まる作品はダメというルールに従えば、ダメなんです。
もちろん『トム・ソーヤーの冒険』がダメだとか、文学ではないという指摘も可能ですが、この書き出しはぼくとしては、すごくいい書き出しだと思うんです。
テンポもいいですし、なによりトムのキャラクターをよく表していると思います。
トムを呼んでいるのは、トムのおばさんです。トムの両親は亡くなってしまっていて、母親の姉であるおばさんに育てられています。
トムが腕白で生意気ということもありますが、おばさんはトムにすごく厳しい人です。この時もトムはおばさんに隠れていたずらをしているわけです。
トムはおばさんに捕まってお仕置きされそうになると、「あっ大変! 後ろを見てっ、おばさん!」(12ページ)と叫んでスキを作り、すたこらさっさと逃げ出します。
古典的すぎるギャグですが、今だに笑えます。この時点からぼくはもう夢中ですよ。だって面白いもの。
このトムへの呼びかけで現れている「トムの不在」というパターンは、物語で何度も繰り返されます。そういった意味でも印象的な書き出しです。
トムはいたずら小僧で、学校に行きたくなかったらサボって川に泳ぎに行ったりします。仲良しの友達がハックルベリー・フィンという少年。
ハックの父親はろくでもないやつで、ハックは学校にも行かず、決まった宿もなくぷらぷらして暮らしています。一番重要な友達がこのハック。
もう1人ジョー・ハーパーという少年も覚えておいた方がいいです。
トムは色々いたずらするんですが、弟で、いわゆる”いい子”のシッドにいつも告げ口されてしまいます。
ある時、トムは遊びに行くことを禁止されて、庭の柵のペンキ塗りを命じられます。
みんなが遊びに行く中で、1人やりたくもない仕事をしなければならないトム。友達がみんなでからかいに来ます。
ここがぼくは『トム・ソーヤーの冒険』で一番好きなところなんですが、トムは持ち前の頭の回転の早さで、この逆境をプラスに変えます。
ペンキ塗りをやらなければなりません。しかし自分はやりたくない。当然他人もやってくれません。
さあ、みなさんならどうしますか? 自分でペンキ塗りをやらずにすます抜群のアイディアがあるんです。これはぜひ本編でのお楽しみということで。
悪ガキ軍団のトムとハックと愉快な仲間たちの”日常”が描かれていきます。この少年時代の子供の気持ちってすごくよく分かるんですよ。これがいいんですよねえ。
悪ガキ軍団がよくやるのが、盗賊ごっこや海賊ごっこ。これは今でいうところのヒーローごっこと似たようなところがあって、それぞれが物語で読んだキャラクターになりきるんです。
ロビン・フッドとか。ハックなんて全然物語を知らないのに、トムから説明を聞いてそのキャラクターになりきるところが笑えます。
そして親から怒られたら、もし自分が死んじゃったらと考えます。死んじゃったら、周りの人はすごく後悔するだろうにと。
これはぼくもよく思っていたことで、実際に、ぐた~っと力を抜いて死んだフリをしたりしてたんですが、いつも「寝てるの?」と聞かれて、どうしてぼくが死んじゃったと思わないんだろうと不思議に思っていた記憶があります。
あとは子供の世界でのみ通じる迷信やルールみたいのがたくさん出てきまして、たとえばビー玉かなにかを埋めといたら増えてるとか、ロジカルに考えたらありえないことを本気で信じているあの感覚、すごく懐かしいです。
トムの学校に転校生がやってきます。判事の娘のベッキー。トムはこのベッキーのことが好きになります。なんとか近づきたいと思って、作戦を練ります。
わざと悪ふざけをするんです。罰として女の子の隣に座らされるんですが、それがトムの狙いです。そう、ベッキーの隣の席が空席だったんですね。
トムはベッキーに一生懸命アピールして、ベッキーの気持ちを自分に向けさせることに成功します。ところがささいなことから2人はケンカしてしまいました。
そしてここからが、”冒険”の要素ですが、ある夜トムとハックは猫の死体を埋めに墓場に行きます。そこである殺人事件を目撃してしまうんです。
怖ろしいインジャン・ジョーの殺人。ところが犯人として捕まったのは、たしかにその場にはいたけれど、無実のマフ・ポッター。
マフ・ポッターは酔っ払っていたこともあるし、インジャン・ジョーに頭を殴られて、その時の記憶がないんです。
トムとハックは、自分たちが目撃したことを話せば、自分たちがインジャン・ジョーに殺されてしまうと思い、お互いに喋らない誓いを立てます。
それでも無実のマフ・ポッターが捕まっていることにずきずき痛む良心。それでも少しずつ”日常”が戻ってきます。
ある時、トムとハック、ジョーの3人は家出をすることにします。それぞれ嫌なことがあって、海賊になろうとするんです。
初めは楽しく愉快に暮らしていたけれど、やっぱり段々さみしくなります。川で泳いじゃダメと言われないで泳ぐのは楽しくないわけで。
それでも自分から家に帰ろうと言い出せない。みんなそれぞれホームシックだけれど、胸にしまっています。
やがてドーン、ドーンと大砲の音が聞こえてきます。川で誰かが溺れたらしいんですね。しばらく考えて、ようやく気づきます。
「なあ、おい。分かったぞ。誰がおぼれたか。ーーありゃあ、オレたちだ!」(212ページ)というわけです。この家出をめぐる結末もぜひ本編にて。
自分たちが死んだらみんな後悔するだろうなあというのが現実になるわけです。
仲たがいをして、素直になれないトムとベッキー。2人がどうなるのかもとてもいいので、これも本編にてのお楽しみです。トムがいいんですよねえ。ふふふ。
再び現れるインジャン・ジョーの影。トムとハックはインジャン・ジョーの持つ宝をこっそり探り始めます。そして無実の罪で捕まっているマフ・ポッターの裁判が始まります。トムとハックはどうするのか。
物語のクライマックスは洞窟での話になるんです。みんなでキャンプに行って、トムとベッキーだけ洞窟の中で迷子になってしまいます。
そして洞窟の中である怖ろしいことが起こります。その前後でハックがある人物の命を救うために大活躍します。
トムとハックが最後に手にしたものとは?
とまあそんなわくわくどきどきの物語です。宝をめぐる話だったり、インジャン・ジョーの影に怯えて、それでも立ち向かう話だったりもするんですが、ストーリーラインとして1つにまとまってはいきません。
”冒険”が描かれているのではなく、”日常”の中に”冒険”的な要素が入っているんです。
そしてその”日常”がいいんですよね。大好きな女の子がいて、口うるさいけれど、本当は自分のことを大切に思ってくれるおばさんがいて。
学校はルールが厳しいけれど、その厳しいルールがあるからこそ、それを破ることができる楽しい日々。強い絆で結ばれた仲間たち。
自分の経験ではないけれど、どこか懐かしいような感じのする作品です。大人になった今、あえて読み返してみたい傑作小説だと思います。おすすめですよ。みなさんもぜひぜひ。
おすすめの関連作品
リンクですが、小説を2冊と映画を1本。
まずは少年もので宝をめぐる話といえばスティーヴンスンの『宝島』でしょう。
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こちらは本物の海賊が出てくる冒険ものなんです。
もう1冊は、少年もので洞窟が出てくる話。江戸川乱歩の『妖怪博士』です。
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名探偵明智小五郎の出てくるシリーズの1冊で、洞窟が印象的に出てきます。もしかしたらですが、『トム・ソーヤーの冒険』の影響を受けているのかもしれません。
最後は映画。少年たちの絆、そして死体が出てくる物語といえば、『スタンド・バイ・ミー』です。
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ぼくはわりと分析的に映画を観るタイプで、その映画のどこがどう面白いのかという構造を読み取るのが得意なんです。
ところがこの『スタンド・バイ・ミー』は本当に不思議な映画で、どう分析してもそれほど面白くないはずなんです。
4人の少年がただ死体を見に行こうと出かけていくだけの話で、ストーリーとしていいわけでもなく、ヒルとか列車とかまあ色々ハプニングはあるけれど、そのはらはらどきどきが特にいいわけでもない。ところがこれが面白いんです。本当に面白い映画だと思います。
ぼくにとっては、忘れられない1本です。
多分、2度と戻ってこない少年時代のきらめきをうまく捉えてる映画だからなんだろうと思います。少し古い映画ですが、まだ観たことのない方はぜひぜひ。