​ルイージの『トスカ』


 今回は、NHK交響楽団の100周年とサントリーホールの40周年を記念する演奏会に足を運びました。曲目は、プッチーニの最も有名なオペラである『トスカ』で、指揮を務めるのは、N響の首席指揮者であるファビオ・ルイージです。カヴァラドッシはリッカルド・マッシ、トスカはエレーナ・スティッキーナ、スカルピアはアンブロジオ・マエストリがそれぞれ演じます。


  公演概要


N響100周年&サントリーホール40周年


日時:2026/10/12 16:00開演

場所:サントリーホール


指揮

ファビオ・ルイージ

ソリスト

トスカ:エレーナ・スティッキーナ

カヴァラドッシ:リッカルド・マッシ

スカルピア男爵:アンブロジオ・マエストリ

アンジェロッティ:妻屋秀和

教会の番人:井出壮志朗

スポレッタ:糸賀修平

シャルローネ:藪内俊弥

看守:畠山茂

羊飼い:菅原京生

管弦楽

NHK交響楽団

合唱

東京オペラシンガーズ

NHK東京児童合唱団


プログラム:


プッチーニ

『トスカ』


  感想


 N響とルイージの強固な信頼関係を強調する演奏でした。また、オペラ指揮者としてのルイージの実力の高さを改めて知ることができました。ルイージの演奏は、歌手の歌声を際立たせつつ、歌手を自由に歌わせるものでした。しかし、歌手だけが主人公ではなく、場面ごとの主役を合唱やオーケストラ、指揮などあらゆる要素を主人公にしているような演奏でした。舞台がない演奏会形式上演ですが、それだけでもオペラが総合芸術であることを改めて実感する、そんな演奏をルイージは披露してくれました。ルイージは曲全体のドラマチックさや登場人物の心情を重視していたと思います。登場人物の情熱や苦悩などあらゆる感情が入り乱れる『トスカ』を見事に表現していました。迫力もあり、繊細さもあり、美しくもあり、色彩豊かで光あふれる演奏でした。そして、『トスカ』という短いオペラをグランドオペラのような大規模なものへと昇華させました。特に第一幕の終わりのテ・デウムや第三幕の初めのオーケストレーションは感動的でした。

 そのルイージの指揮にN響は完璧に応えていました。ルイージは積極的に中低音のヴィオラやチェロに指揮を振っていました。トスカでは、ヴィオラやチェロの存在感が非常に大切だと私は考えています。ルイージのそのような指揮ぶりには大いに納得しました。繊細なヴァイオリンの音に対して深みと厚みのある中低音は物語の憎悪だけでなく、愛の奥深さを物語るものでした。だからこそ、演奏全体に対して中低音の存在感が鍵となり、物語に雰囲気を更に足していきます。ヴィオラの佐々木さんはソロも完璧でしたし、躍動感のある演奏でルイージの指揮に応えていました。第三幕のチェロのソロでは藤森さんが感動的な高音を奏でました。また、そのソロからのクラリネットの松本さんがあの有名なソロを演奏し、その一連の流れには心からの感動を得ました。フルートの神田さんは、物語の終始、優しく美しい音色を響かせました。N響のヴァイオリンはいつも通り繊細で甘美な音色を奏でました。ヴィオラやチェロの中低音にヴァイオリンが重なる瞬間に、私は震えが止まりませんでした。ルイージとN響の奏でる弦は、美そのものでしょう。ホルンの今井さんも感動的な演奏を披露しました。角笛のような美しい音色は、迫力がありつつも少し陰鬱な表情を見せ、物語を更に印象づけました。


 歌手陣では、スカルピア役のマエストリが最も印象に残っています。豊かで伸びのある歌声は、スカルピアの持つ権力の大きさと恐ろしさを示すものでした。深みのある歌声は一瞬にして聴衆を虜にしたに違いありません。トスカ役のスティッキーナも非常に美しい歌声を披露していました。第二幕の「歌に生き、恋に生き」は感動的でした。トスカの信仰心を巧みに表現し、その歌声は神聖な雰囲気を纏っていました。スティッキーナの歌い方は、神への愛を重視しているかのような神聖さを含みつつも、時折り感傷的な雰囲気もありました。しかし、私はトスカにもう少し強い女性像が反映されていても良いのではないかと思いました。カヴァラドッシ役はマッシが歌いました。マッシの歌声はあまり私の好みではなく、特に高い音の歌い方が少し雑な印象を受けます。これは、春音楽祭で聴いた『マノン・レスコー』の時にも感じたことです。第一幕の「妙なる調和」は、マッシの歌い方があまり良かったとは思えません。第二幕の「勝利だ」の叫びも、非常に長く伸びていましたが、そこまで綺麗な歌声とは思いませんでした。第三幕の「星は光りぬ」が最も良かったと思います。



 ルイージとN響による完璧なトスカの演奏は本当に感動的でした。歌の部分に少し不満はありましたが、その不満はオーケストラの演奏でなくなりました。ルイージによるN響の100周年記念の公演は残すところニューイヤーコンサートのみになりました。ルイージとN響が今回をもって新たな歴史を刻んだことは間違いありません。そして、これからの100年に向けて大きな一歩を踏み出したことでしょう。100周年のこの年、『七つの封印書』、マーラー復活、そして『トスカ』、これらは確実に未来にも伝わる名演であったと思います。そこに立ち会うことができたことは心からの幸せで、N響とルイージに心から感謝したいと思います。

 これからもN響が多くの人に感動と喜びを与えてくれることを心より期待しております。


総合評価:9

(弟 たまご)