3月11日のマリア様
前日と同様
耀いていました ![]()
帰宅後
この写真をみつめながら
お祈りしていたら
“悲しみの聖母”の
(Mater Dolorosa)
痛みに触れた思いがして
自分の覚書きに思いを巡らす
(ここ数年の四旬節は、マリア様の視点から
イエス様のご受難を黙想しています)
“苦しみによって
損なわれないようにすること”
いつも祈り求めてしまう程
大切なことだと感じる
ただ、時には
苦しみによって欠けてしまう...
欠けてしまいそうになる...
そんな日もあるけれど
欠けた部分にこそ
イエス様が来られ
欠けた部分こそ
イエス様が最も愛される
いまはそう思える
その欠けた部分に
寄り添われる方々のお姿に倣いたい
ただ、ただ
いまはその恵みにあずかれるよう
祈りたいです
明日、明後日と
ひさしぶりに黙想会にあずかります
(待降節にはあずかれなかったので)
お祈りください🙂
神に感謝


