一体どれくらい眠っていたのだろう。既に正午を過ぎていたと思う。部屋には彼女は居なくなっていて、私だけが一人ポツンと取り残されていた。


私は力無くベッドから頭をもたげると枕元のテーブルに一通の手紙が置いてあるのを発見した。


その手紙にはこう記されていた。


あの後真夜中に兄から電話があり母親が危篤になったので直ぐに帰って病院に来る様に言われ、疲れ切って寝入ってるあなたを起こさずに行きますと。


それからきっともう二度とホテルに戻る事はないので、ホテルから無錫駅へのタクシー代と無錫から上海までの列車代を置いていきますと書かれた手紙の横に、赤色の毛沢東の図柄の人民元が数枚置かれてあった。

  


私は諦めきれずに彼女がいる可能性のありそうな病院を探しては見たものの、土地勘の全く無い外国人である私にはどの病院に入院しているのか到底見当もつかずに、無意味に時間だけが経過していったのである。


その後私は数日間無錫に滞在して病院を調べてみたが、結局彼女の母親が入院している病院を見つける事は出来なかった。


私は彼女への熱い想いをどうする事も出来ないまま列車で一人虚しく上海まで帰り、そのまま飛行機に乗って帰国したのである。



帰国後、直ぐに彼女に何度も電話をかけたがその電話が繋がることは決して無かった。


MSNのチャットもオンラインになる事はなくメールを送っても一切返信が返ってこなかった不安な毎日のそんなある日、唐突に中国から一通の手紙が届いたのである。


私は無我夢中で手紙を開くと、それは間違い無く彼女の筆跡であり、そこには中国語と日本語でこんな風に書かれていた。


「哈喽、亲爱的


你身体好吗

过得很好吗

我一直担心你


你回国以后我老妈走了

所以现在我老爸天天哭的过头

                

你想我吗、我一直好想你啊

               

これだけ憔悴しきった父親は初めて見ました。大切な母を失いこんな父親を見捨ててあなたのもとに行き、父まで失う様な事など到底私には出来ないのです。どうかそんな私許して下さい。あなたにどれ程憎まれても仕方ありません   不管你信不信、我的心里只有你。你好好照顾自己啊、再见!」


そう書かれた手紙と一緒に一枚の悲しそうな笑顔で写っている彼女の写真が入っていた。