高校卒業後の2006年に新潟に入団。リーグ戦22試合に出場し、J1第33節名古屋戦でプロ初得点を記録した[3]。2007年は前年に引き続きU-20日本代表に選出されたが、9月に右足第五中足骨骨折で全治3ヶ月の重傷を負った[4]。
2008年、怪我から復帰すると徐々に出場時間を延ばし、25試合に出場して1得点を記録した。その後、約1年半出場機会に恵まれなかったが、2011年は右サイドハーフのレギュラーに定着し、リーグ戦25試合に出場してプロ入り後最多となる3得点を挙げた[5]。また、2011年12月3日のJ1第34節名古屋戦が、リーグ戦100試合目の出場となった[6]。
2012年は左サイドハーフにポジションを移し、サイドバックの金珍洙と共に攻撃の起点となった[7]。新潟はかろうじて残留を決める苦しいシーズンを送ったが、田中は自身初にしてチーム唯一のリーグ戦全試合に出場し、自己最多の4得点を記録した[8]。
前年に続き主力として活躍した2013年には、新潟のJ1昇格10年を記念して新潟日報が企画した10年間のベストイレブンに選ばれた[9]。シーズン終了後にはポーランド1部リーグのレヒア?グダニスクや、ドイツ2部リーグのエネルギー?コットブスといった海外クラブへの移籍話が持ち上がるが、いずれも実現せず新潟との契約を更新した[10][11]。