今朝早くに祖父が亡くなったそうです。ご冥福をお祈りします。


母から電話で聞いたときはびっくりしましたが、覚悟はしてました。


それ以上に身近な人が亡くなったのに涙1つ流せない自分に驚きました。


別に母方の祖父だからあんまり関わってないとか、そんなんじゃないですよ?


イトコの家には僕が受験生になるまではしょっちゅう遊びに行ってまして、

そのたびに買い物とかいろいろ世話してくれて、

PSP買う時は2万も出してくれて、

とにかくちっさい頃からずっとお世話になった人です。


あんなお世話になった人が亡くなったのに泣けないなんて…。


テニス部の副顧問の先生の時は泣いたのに。


あれは突然だったからかな…。祖父は大学入った時から入院してたから。


その場に立ち会ってないというのが1番の理由だとは思います。


病室にいたらきっと一緒に大泣きしたでしょう。


明日がお通夜、月曜日がお葬式だそうです。


お葬式だけなら行けなくはないですが、

授業とテストあるし時間と金かかるしで帰らないことになりました。


みんなはどう思うか知りませんが、

僕はここでやるべきことをやらないといけないのです。


享年78才?かな。それだけ生きれば十分生きたと思う。


医療技術の発達によって平均寿命は延びつつある。


でも本当に大事なのは健康寿命の延長である。


ただ延命させればいいというものじゃない。


ターミナルケアではQOLがより大事なのだ。


ならすぐに死なせればいいのか?もちろんそうでもない。


ここは患者やその家族にとってかなり難しい選択だろう。


だからこそじっくり考える必要がある。


前述したように祖父は僕の受験が終わった頃に倒れ、入院した。


手術後から今日まで1年半以上も寝たきりの状態だった。


祖父はこの1年半、幸せだっただろうか?


自分で体を動かすこともできず、

しゃべることも自殺することもできないそんな毎日を、幸せに感じただろうか?


少なくとも僕がそうなったらそうは感じないだろう。


それでも「もう死にたいから殺してくれ」なんていうのは卑怯だと思う。


そういうことを手術の前後ら辺に祖父が言ったことがあるらしい。


祖父は1人じゃない。周りには家族、たくさんの親戚がいる。


祖父の幸せを願って支えてくれる人たちがいる。


母は仕事をしてないというものあるが、相当な回数見舞いに行っていた。


そういった思いを無駄にしてはいけないと思う。


みんなは病気が快方に向かうことを必死に願っていた。


いつも最悪の結果を考えるようにしてる僕でも、

1日限定ではあるが家に帰れた時はあるいはと思った。


いや違う。僕はただ悪い現実を突きつけられるのが怖いだけなんだ。


それから必死で逃げようとしてるだけだ。


ともかく、あの時は祖父も「もしかして治る」かもと期待したかもしれない。


その期待を持ち続けることで、1%でも治る確率は上がったかもしれない。


医学は万能じゃない。できることなんてたかが知れてる。


患者だけじゃなくその家族もしっかりとそのことを認識してほしい。


また、患者本人の生命力、精神力、自然治癒力もすごく重要だということも。


僕は訃報を知っても泣かなかった。


それはテスト前だから落ち込んでる暇はないということなのだろうか?


でも仮に落ち込んだとして、それでテストが失敗したら、

祖父はきっと悲しむと思う。


自分の死が生きてる人たちの足枷にはなってほしくないと思う。


あの人はあらゆる意味で成功者で偉大なる人だった。


去年の3月24日、福井を離れる2日前に祖父と最後の会話をした。


その時に聞いた、「楽な人生なんてない」という言葉が最も印象に残ってる。


それは努力を積み重ねた末に成功した祖父だからこそ

言った言葉なのだろう、とその時から考えていた。


別れの握手の後、祖父はとても悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔をした。


それを見て僕も一瞬で半泣きになった。


祖父のあんな顔は見たことがなかった。


あの時の祖父の顔を、僕は生涯忘れることはないだろう。


思えばあの時から覚悟してたのかもしれない。


もう、あの頃には戻れない――と。


あの時の必ず帰ってくるという約束を守れたのがせめてもの救いだ。


人の命は儚い、だからこそ悔いなく生きていきたい。


そう改めて思った凪でした。




じーちゃん、どうか――安からに。