掲示板の前に立った僕は絶句した。目の前の現実が信じられなかった
解剖だけ――――再テストだった。
初めての再テストだった。
かなり勉強したし、本番でもそれなりにできたと思った
だからこそ、信じられなかった
「先生の手違いではないか」と思い、事務局で異議を唱えた
しかし「大学外の先生だから無理」と言われ、真相は謎のままだった
でも冷静になって思考してみると、手違いは考えにくかった
単に僕の学力が足りなかったのだろうか
家までの道のりをボロボロの足で歩く
きっとこの時の僕はひどい顔をしてたことだろう
家に帰って親に連絡した
親(もちろん僕も)は5日に僕が帰省すると思っていたからだ
父さんは当然怒った。そりゃそうだろう
親と電話してるうち、涙をこらえきれなくて、泣いた
何度も何度も、泣いた。多分今日学園都市で1番涙したのは僕だろう
泣きまくって普通の声が出せなかった
そして帰省は3週間遅れることになった
電話を切った後も、この一件のことが頭から離れず、
心が大きく揺れるたびに泣いた
「もう手首切って死のうかな」とも思った
「どうせセンターの時に死んでるから」と
しかし致命傷にならない限りただ痛いだけである
よく考えると「解剖落ちたから手首切る」なんて笑い話みたいだった
僕は精神を基底状態に落ち着かせるべく時間が過ぎるのを待った
何度も何度も泣いたことによって、
僕は冷静な判断力を取り戻しつつあった
そして「そうなったものは仕方ない。再テストは絶対とるぞ」と思えてきた
今回の解剖はおそらくこの6年で最も理不尽な科目だろう
がんばっても最も点数に影響しにくい科目である
故にたいして勉強してなくても通った人はいるかもしれない
(無論そんな人が目の前にいたら即首を絞めるが)
だがそんな理不尽な科目はこの1つきりだ
6年は長い。まだまだ挽回できる
これから先の科目を全部Aでとればいいだけの話だ
次こそは。本当に次こそは結果を出さないと首席が遠のいていくなぁ、
と思えるほど、僕の精神は安定かつ前向きになっていった。
泣くのは精神の浄化作用があるという
経験則からそのことを知っている僕は今回もその作用に助けられたようだ
解剖だけ――――再テストだった。
初めての再テストだった。
かなり勉強したし、本番でもそれなりにできたと思った
だからこそ、信じられなかった
「先生の手違いではないか」と思い、事務局で異議を唱えた
しかし「大学外の先生だから無理」と言われ、真相は謎のままだった
でも冷静になって思考してみると、手違いは考えにくかった
単に僕の学力が足りなかったのだろうか
家までの道のりをボロボロの足で歩く
きっとこの時の僕はひどい顔をしてたことだろう
家に帰って親に連絡した
親(もちろん僕も)は5日に僕が帰省すると思っていたからだ
父さんは当然怒った。そりゃそうだろう
親と電話してるうち、涙をこらえきれなくて、泣いた
何度も何度も、泣いた。多分今日学園都市で1番涙したのは僕だろう
泣きまくって普通の声が出せなかった
そして帰省は3週間遅れることになった
電話を切った後も、この一件のことが頭から離れず、
心が大きく揺れるたびに泣いた
「もう手首切って死のうかな」とも思った
「どうせセンターの時に死んでるから」と
しかし致命傷にならない限りただ痛いだけである
よく考えると「解剖落ちたから手首切る」なんて笑い話みたいだった
僕は精神を基底状態に落ち着かせるべく時間が過ぎるのを待った
何度も何度も泣いたことによって、
僕は冷静な判断力を取り戻しつつあった
そして「そうなったものは仕方ない。再テストは絶対とるぞ」と思えてきた
今回の解剖はおそらくこの6年で最も理不尽な科目だろう
がんばっても最も点数に影響しにくい科目である
故にたいして勉強してなくても通った人はいるかもしれない
(無論そんな人が目の前にいたら即首を絞めるが)
だがそんな理不尽な科目はこの1つきりだ
6年は長い。まだまだ挽回できる
これから先の科目を全部Aでとればいいだけの話だ
次こそは。本当に次こそは結果を出さないと首席が遠のいていくなぁ、
と思えるほど、僕の精神は安定かつ前向きになっていった。
泣くのは精神の浄化作用があるという
経験則からそのことを知っている僕は今回もその作用に助けられたようだ