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特別な夜になるでしょう

おはようございます☆



ものすごい寝た



13時間寝た



今日は一年半ぶりにライブに出ます
ぶっちゃけこんなに早く出ることになるとは思ってなかったです☆


まぁ縁があったってことで嬉しいし、自分が今までやっていたことは、最高にわくわくするものであったんだと、この数ヶ月再確認できたと思う。










プレイは恐らく現役以上に冴えてる








と、勝手に思っている。謎





ただ、間が空いてる分人前で立ったときにどうなるものか…




そんな細かいことは気にせず今日は彼女にとってすごい特別な一日であり、普通のライブにならないでしょう。


それを底辺の力、音楽の塩で支えていきたいと思います☆



2013年11月22日(金)

新宿RUIDO K4


『優理ワンマンライブ~about a DREAM』

OPEN 18:30
START19:00

ticket
前売り¥2500
当日  ¥3000(別途1ドリンクオーダー)

新宿RUIDO K4

〒160-0021
東京都新宿区歌舞伎町1-2-13 新光ビルB2

TEL:03-5292-5125 MAIL:k4@ruido.org

☆優理official site☆



とにかく楽しみです☆




先日最終リハのときに、なにやらごっついカメラをもった人がいて、何気なくスタジオに入ってきてカメラで演奏してるところを撮られておりました。

カメラって家庭用のコンパクトカメラなんかではなく、ごっついカメラ☆


中川家がモノマネするカメラです。




そのカメラでどうなるのか楽しみです☆




フフッ
Android携帯からの投稿

優理

こんにちは☆


夏も過ぎあっという間に冬。


実は夏ぐらいに、高校時代は細身のイケメンで現在ポッチャリで大酒飲みの同級生のドラマー(11月15日のリハ後、ファミレスで350の発泡酒12杯飲んだ人)に誘われてサポートでライブに出演することになった。


約一年半ぶりに人前で演奏する…






















すごい楽しみ(゜ロ゜)☆ミ


フォークでロックでポップな女性シンガーソングライターの優理というアーティストのワンマンライブ♪↓



優理official site



しかも活動が休止するということで大きな節目となる



リハーサルは5回、うちサポートメンバー全員揃ったのは4回だけど、なかなか息の合った演奏ができる素晴らしいメンバー♪



芯が強い歌声のボーカル&アコースティックギター優理ちゃん

長年彼女の音楽に携わり、幻想的な和音を奏でるキーボードの丸山氏


70年代のファンキーなグルーヴとサウンドが味のギターの影山氏


15年来の友人のドラムUッちゃん



改めて音を合わせるという楽しさを再確認できたと思います♪




自分も今まで培ったものを放出できたらと思います♪

今度の金曜日が楽しみです♪





2013年11月22日(金)

新宿RUIDO K4


『優理ワンマンライブ~about a DREAM』

OPEN 18:30
START19:00

ticket
前売り¥2500
当日  ¥3000(別途1ドリンクオーダー)

新宿RUIDO K4

〒160-0021
東京都新宿区歌舞伎町1-2-13 新光ビルB2

TEL:03-5292-5125 MAIL:k4@ruido.org

☆優理official site☆



Android携帯からの投稿

いつか来ること

8月10日土曜日、今年一番の暑さで40℃超えのところもあったらしいです。





そんな中、私は茨城県のお寺におりました。




私の父の初盆の供養でした。











今年の5月5日、私の父は肝細胞ガンのため亡くなりました。



60歳でした。



四月に入ってから体調を崩し、それから入院し、最後は病院で息をひきとりました。


昨日、初盆を迎え一段落したのでブログを書きたいと思います。


肝細胞ガンは、肝臓ガンで最初に見つかったのが、私が24の時、5年前。

元々肝臓が悪かった父は8年前ぐらいから毎月病院で肝臓の検査と、そして、薬を飲み続けながら、普通の生活を送っていました。



最初にガンが見つかったときは、早期発見で、手術によって完治しました。


それから一昨年の秋ごろに、ガンが再発、その時も早期発見で、前回と同様手術によって去年の1月に完治しました。


早期というのもあって、ホントにガンなの?と思うぐらい普通の生活をしてたんですが、その年の夏の終わりごろに、肝臓に10センチぐらいのガンが再発。


抗がん剤治療や放射線治療を行いましたが、平成25年5月5日、元巨人の長島監督と松井が国民栄誉賞をもらうという国がお祝いムードの最中、亡くなりました。



10センチのガンが再発し、そして、関西で祖父が末期のガンで余命宣告をされ、自分も同じガンを患い、ホントに不安な日々を送っていたと思います。


四月の半ばに通院のため病院に行ったのが家にいた最後の時でした。


そこから緊急入院し、余命が長くないと言われ、いや、今のうちに会いたい人がいたら会ってくださいといわれ、家族ともどもこれまでにないくらい落胆しました。


ついこの前までガンでありながらも普通に生活してた人がどうして?という思いが半端なかったです。


父の肝臓ガンは医者の手も追い付かないほどのスピードでした。


余命はあまりないと言われたとき、私はいろんなことを考えました。



仕事の休憩の時に、






お父(おとん)はもう死ぬのか





と思った瞬間涙が止まらなかった





それから父の姉が見舞いに来てくれて、辛いのにもかかわらず賑やかに喋り倒してくれて、義理の弟たちも見舞いに来てくれて、哀愁漂う映画の中にいるような時間を過ごし、その次の週に亡くなった。


最後は病気の恐ろしさと家族の大切さと生きることを父は自分の死で教えてくれたと思います。



最後はやつれて、一気に老け、疲れ果てたような表情だったけども、自宅に帰って布をめくると、病気から解放されたからなのか家に帰ってこれたからなのか死んだとは思えないぐらい笑っていました。



なにがおもろいねん笑い事ちゃうわ!おとん!




私はそんな顔を見て怒りました(´・ω・`)



でも、どこかホッとした部分もありました。


それから通夜告別式が、式場等の関係で次の日から執り行う関係でバタバタし悲しむ暇もなかったです。


通夜後は式場に泊まり、叔父二人と酒を浴びるように飲んで、ひたすら父の話で盛り上りしまいにはカップラーメンを語りつくし寝るという通夜でした。


そして、ほんとの最後の日、親族代表で挨拶しました。







その挨拶の時、













前日のビールバカ呑みのせいで猛烈に尿意がパなかった私(゜ロ゜)マァ



そして、永遠のお別れです。


最後に見た父の顔は微笑みから寂しそうな顔になっていました。


私は、悲しい気持ちよりも今まで苦しめたガンが本当にきれいになくなるからよかったやんかと心で呟き送りました(´・ω・`)







父は大阪から埼玉に来てからは交遊関係が少なかったですが、通夜と告別式合わせてたくさんの方がお集まりいただきました、ありがとうございました。


そして、連絡が遅くなってしまった方、遅くなりましたが生前、父が大変お世話になりました。ありがとうございました。この度は残念な形に終わってしまいましたが、残された家族は前向きに生きております。


去年の事

約1年3ヶ月ぶりにインターネット上のブログでしゃしゃろうと思いスマホを握る府殿です(´・ω・`)フッ



スマホにして、二年



私のスマホは、スマホであるのに、アナログ感(´・ω・`)謎※ギャラクシーS SC-02B







去年は大阪に行ったところで終わってました、それからというと。


まぁ、毎度のこといろいろあったのですが、去年と今年の5月5日に至るまでとても悲しいことが多かったです。


去年の春、義理の祖父が亡くなったことは、ここに書きましたが、その葬儀が終わった次の日に実の祖父のところへ行ったのですが



どうも、祖父の様子がおかしいと気づいた母が次の日病院に連れていき検査し、そして、後日、末期の胆肝ガンと診断されたのです。


余命は夏ごろまで持つかどうかと言われたのですが、祖父は去年の12月9日に亡くなりました。

ちょうど去年の今頃??祖父の世話をしに兵庫県にいって、最後の時を過ごすことができて良かったと思います。

十数年前、祖父から2万円もらってなかったら、私はベーシストになれてなかったです。


祖父が久々に孫たちに会ったとき、


『お前誰や!!』


といい放つ祖父、三年前、従兄弟の結婚式で久しぶりに私と会ったときには、まさかの素通り…

でも、2万円の話は覚えていてくれましたねフッ

その話をしたときに撮った写真↓



※私、太り始めたと感じた頃でもある。謎


2万円、本当に感謝です。




そして、ブログが止まった去年の五月頃?


妹から、









妹、『お兄ちゃん子供できた』









お兄ちゃん(私)、『(゜ロ゜)…!』





結婚するつもりでいたところ子供ができたというのです(´・ω・`)



半デキ婚(´・ω・`)謎






義理の祖父の死、実の祖父の余命宣告から死、そして、新しい命。



世の中常に誰かが生まれ、誰かが死んでまわっているのだと思いました。








その新たな子の出産予定日が、余命宣告された祖父の誕生日と同じ日だというのです。


なんと表現していいかわかりませんが、それを聞いたとき、『祖父の生まれ変わりかな?』と思いました。


12月9日に祖父が亡くなり、それから約2週間後の25日のクリスマスに、無事生まれました。晴れてその日から私は、



めでたく、






真の、










"おじさん"になりました(´・ω・`)嫌













それだけでは終わりませんでした。






灯日


前回アップした動画の続きです。


エバラスワンマンをやる前にレコーディングしたスタジオにて。

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