私は、高校にかよっていた頃
仏教学校で学んだんだけど
さすがに仏教学校だったから
毎朝登校時には、お釈迦様の像に拝復し
朝は瞑想から始まるって、
今思えば特異な高校だったよね。
で、そこにいた3年間に仏教の講義を何度も何度も聴いたけれど
どれもこれも若くて何の恐れも苦しみも無い私には
ぴんと心に打つことが無かったんだけど・・・・
ひとつだけ、全ては無常という言葉は
心に残り、いつも何時も私を寂しく物思いにふけらせる材料になった
だって、この世の春といわれる
18歳の頃に無常だよ
何かしら、恐ろしい不安定な気持ちにしかならなかったんだと思う
だけど、今この「無常」という言葉?いえいえ
はっきりわかる
「無常」だよ
それは不思議でも特異でもなんでも無い
それこそが全てにかかわるもの
そう、思える
私にだけ無常が訪れるわけではなく
それを受け入れるられるようになって来た。
昨日の夜長い間、恐ろしく不安な気持ちとつながっていた「無常」に
やさしい気持ちで近づくことができたの。
これって私、少し変かぁ?