とうこちゃんの1996初演エリザベート(雪組)東京新人公演
1月26日(日)放送されました

宝塚歌劇団の新人公演とは、本公演中に宝塚・東京それぞれ1回のみ上演され
本公演と同じ演目を、主役はじめすべての役を研7(入団7年目)以下の生徒で
演じる公演のことです



18年前のとうこちゃんです
愉しみにしていたので、ドキドキしました
とうこトートは、セミロング(肩甲骨くらいの長さ)でした
お顔は、眉尻が上がってて、色しーろくって、トートらしかった
すこし輪郭ふっくらしているくらいで、お顔は、もう出来上がっていましたね
役柄的に、相手役の方々との位置関係を考えると
あとひと回り恰幅よければいいんでしょうが、私的にはちっとも問題ない
かえって、私にとっちゃ衣装が黒系タイトで細さが際立っていましたから
ムフフ♥でした
そして、とうこちゃんがトップのころだったら、眼力すさまじく、
見得を切ってキザる演技なさるんでしょうが
新人公演での演技は、セリフ回しも動きもキビキビスッキリでした
それ故に新鮮で、さりげなく研6でここまでできちゃう凄さ、とか、趣深いです
冷酷さがよく現れていました
同期の春野寿美礼さんとの対談で、
幕間に楽屋に行ったら「目にゴミが入って痛かった」ととうこちゃんが話してて
そんなそぶりはなかったので驚いた、といった旨の話をされましたが、
たしかに映像で見ていても分からなかった
いくらか左目が細めになっていたところがあったが、それなのかどうなのか不明
凄いことです
そして、照明おとしてのピンスポットの場面が多かったから、かな
とうこ(瞳子)ちゃんの印象的な瞳の魅力、妖婉さに真実味を持たせる発見がありました
瞳孔はもちろんキレイなんだけど、それを浮き立たせるように
強膜もキラキラでかぎりなく白いのね
黒目がちの方がかわいいと思っていたけど、白目の存在も大事なんだな、と思いました
今も変わらぬ美しさです
まっこれだけなんだけど、自分じゃ大発見だったので報告させていただきました
お歌ももちろんお上手で、堪能しました
なんてったって、初演ですからね
聞き覚えのない曲をよくもあそこまで落としこんで歌われたなぁ、と関心しました
さすがです
お若いころなのに、主演なのでたくさんとうこちゃんが登場するという幸運
録画できたのでなにかと再生することでしょう
うれしいです お宝です
エリザベート最期の昇天シーン
おふたりが、真っ白なお衣裳でステキでありました
エリザベートがトート閣下の胸にはじめて飛び込んで
そのときトート閣下が一瞬ふわっとなりましてね
愛という深い湖をふたりで泳ぐのか~
はじめてこの場面で私、一筋涙を流しました
そのあとすぐ、終演後のとうこちゃんご挨拶の場面だけありまして、笑いました
余韻のかけらもございません

初演エリザベートの本役さんたちがあまりに凄いので、比べたら可哀想ですけど
こういう演目は演じるにあたり、やはり年季が必要なのかな、と思いました
演技のひとつひとつの繋がりの部分が、途切れるかんじなのね
間の取り方ってだいじですね
所作でも、台詞でも、お歌でも
こういう大作の舞台での経験を積むことが
いろんなことを掴んでいく過程であり、新人たちの伸び代になるわけですね
出演者の方々が後に活躍される姿を知っているので感慨深いです
グリュンネ伯爵として(家政婦紹介の)寿つかささん(現宙組組長)を見つけて大喜び
新公時代があったことって、当たり前なんだけど
なんかここにいてくださったことにビックリしました
 この方の「2008殉情(宙組)」の利太郎は…
 ここまでやっていいんですか? と不安になりましたです
その片鱗を見せる、瞬きバチバチの演技でした
ほかに印象的だったのは、皇太后ゾフィー(未来優希さん)
本役さんも怖かったけどこの方もなかなか素晴らしかった
研4とは…地に足つけた骨太の演技を見せていただきました
ずっと雪組の方だったのですね
2007雪組エリザベートでは本役ゾフィーをなさってます
エリザベートの貴咲美里さん
少女時代のおてんばシシーが可愛らしかったし
後年のめくるめく哀しみのときもしっかり演じられてました
お歌ものびやかで、もっと歌い込まれたら、感動するくらいに上達されるんじゃないか
などど期待してしまいました
雪組時代はよくとうこちゃんと共演されていてたいへんお世話になりました
ベルリン公演のため、新人公演の代わりに役替り公演となった「2000凱旋門(雪組)」で
宝塚大劇場ヒロインを演じられて、その演目の東京公演で退団されたとのことです
すてきな花道をつくっていただいたのですね
とうこちゃんも出演していますから、いつか見る機会にめぐまれますように


過去のとうこちゃん関連日記

2014年1月1日
あけましておめでとうございます

過去のとうこちゃん関連番組評

2013年8月4日
初演エリザベート(宝塚)
1月25日(土) 「 SONGS」

酔っ払っていたけど、時間には帰り着きました
「SONGS」にご出演なんて…全部エレカシってことですね
ありがたい 夢みたい



左に縦書きでキーワードがあって、とてもわかりやすく
ナレーターの方が冷静に、ひろじくんが大仰に解説してくださった
  ・デビュー25周年 戦うロックバンド・エレカシ
  ・ボーカル・宮本のレコードデビュー 
    はじめての僕デス
  ・地元・赤羽 団地の思い出
  ・人気ロックバンドを夢見て
  ・社会への反発 心の叫びを歌に
  ・契約打ち切り 事務所消滅
  ・「悲しみの果て」に見えたもの 
    悲しみの果て
    うっとり作った 観客の歓声、顔をうかべて、ひとり作った曲
  ・エレカシ「野音」への思い
  ・復活から1年 月に託した決意 
    今宵の月のように
     昇れる太陽というアルバムもあるけど、エレカシはやっぱ月だと思う
    (マンボウ先生のようにモルフォじゃなくウラニアなかんじ)
  ・「左耳が聞こえない」活動休止へ
  ・病を経て見えてきた 日常の尊さ
    あなたへ
  ・エレカシ復活!ふたたび「野音」へ
  ・47歳の同級生バンド エレカシの明日
    俺たちの明日



インタビュー別撮りで、激しくオーバーアクション&ハイテンションでした
病気で心細かったのでしょう
普通の生活がどんなにキラキラ輝いていたことかを知った男、宮本浩次氏
キャサリンは「クルマの小さなTVで見ていたのに、その手の動きは凄かった」と
「時々画面からいなくなるほど、生きてる喜びを感じていたんだね」
と感想を述べられました
昔の映像も流れたので、新鮮だったらしく、
「若い頃はつっぱってて、小さい頃はかわいかったのね」とも話してました
私のiMacのiPhoto(画像整理ソフト)は、ひろじくんの画像を「キャサリン?」と間違えたり
キャサリンの画像も「宮本浩次?」と訊ねてきます
パーツの配置が似ているんだと思うけど、
「自分を褒めてるんじゃないのか」とうれしいながらも、軽口たたいときました
NHKならではの編集に「やっぱそこくるよねぇ」と感心しつつ
確かに、合唱団の集合写真ははじめて見たと思う
おとなしそうにすましているお姿のどこに
今のアクショントークを彷彿するものがあるっていうのか
歌声はハリキリボイスですけどね
そういえば、立っちしたばかりの黄色いロンパース着ていた幼きころの写真を
前持っていたんですが、どなたか公開してくださいませんか?
とつぶやいてみる
ユキちゃんが、たまアリのパンフレットにあった公園の象を覚えていて
「出ましたね!」と朝一番に話しかけてきました
やっぱり「あなたへ」は好きらしいです へへっ

あなたへ(初回限定盤)(DVD付)/エレファントカシマシ

¥2,200
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以前はあんまりエレカシ話を職場でしないで、自分の中だけで消化していましたが
出演番組を事前に教えてあげちゃう、っていうのもアリなんじゃないですかね
広報活動して、もちろん肩透かしにあうこともありますが
時には気分が高揚しますから
赤羽周辺とすずらん通り商店街および日比谷野音
昨日はグーグルアースとマップを駆使してひとっ飛してみました
公園も野音も緑に囲まれて森林浴
喫茶デアも荒井楽器も確認
野音はステージには立てなかったけど、最前列にはいけたょ
いつの日にか巡礼の旅ができるといいのですけど
お歌は、すてきなセットで堂々とされていて、誇らしい気持ちになりましたね
さぞ気分よかったことでしょう
さいアリのときもそうでしたが、ズボンがスキニーじゃないの着てるんだ
ちっちゃいことなんですが、ちょっぴり不満なクララでした
最近お気に入りのボトムなんでしょうね
こんなにたくさんメディアに露出されて、渾身のライブもあって、
ずいぶんと忙しく過ごされていますから、体調が心配ですが
ひとしきり頑張ったら、英気を養っていただくことといたしましょう

お見逃しの方へ
再放送が間近にあります
1月30日(木)深夜1:30~NHK総合
早寝の方は録画されるとよいですょ^^


過去のエレカシ関連番組評
2014年1月18日
僕らの音楽




先月(12月13日)の「ミュージックドラゴン」熊本でも放送されたのに
失念してしまいましたが、ユーチューブでお歌の部分は見られました
バックナンバーによるとトークはなかったのですね
そうでしたか お歌だけでしたか

1月17日(金)

「僕らの音楽」が放送されました
「FNS歌謡祭」のときの映像からはじまりました
そして、ドラマ「Friends」(2000)も大杉漣さんとの場面の映像が流れました
吃驚しました



 当時ピークに好きだったので、毎週愉しみにしてましたの
 役柄がね、優柔不断でしがないライターでして
 だいたいそういうへなちょこさんが好きだったのでね^^
 ドンピシャで、そりゃあ毎回大騒ぎして舞い上がっていたのですが
 なかばにさしかかった頃、次回予告見て、メチャクチャ衝撃受けて、今度は急降下
 それ以降は見れなくって録画のみしてました
 数ヶ月経過して、やっぱ見てあげなくっちゃいけないでしょ、
 とココロ落ち着かせて見た、といういわくのある作品です(^_^;)
 そんなしてようやく見ても最後あたり赤ちゃんを背負ってたの、泣きそうだったゎ
 エレ友さんとも「Friends」話は封印するという徹底ぶりでした
 まっここまで歳月過ぎると、ドラマ出演これっきりだったので
 今となれば貴重なんですけど、ね
 そして残念なことに、作品全体を見据えてなくって
 ひろじ兄のことしか断片でしか記憶に残ってない
 漣さん出演してたことも忘れてる
 なんかいろいろふてくされて思い出したくなかったんだと思う



 とここまで書いていて、
 その後ネットで調べて、映像公開されていたので3日かけて、再会できました!
 パンドラTVってとこです
 その当時の雰囲気がねぇ 
 たまらなくいとおしくなりました
 「Friends」のHPも文字化けしながら残っていて、画像ひっぱってきました
 アンニュイで哀愁のあるテーマ曲も印象的でしたょ
 カメラもアナログ(フィルム)の時代ですからね
 梨沙(和久井)が順平(浜ちゃん)の紹介で転職するのが現像所(ラボ)でした
 (ラボって歯科技工所のこともそういうんですょ、正式にはデンタルラボラトリーかな)
 すてきな写真たちに彩られ、
 画家の卵も出演しているから絵や壁画の芸術性もあり
 出演者も豪華でした
 ひろじくんは、最初エプロンしてパスタつくってました
 当時の衝撃を思い出しました
 自殺未遂もね



 半袖開襟シャツやら袖ヒカリもの黒Tシャツ、グレーシャツなど着てらっしゃいました
 当時エレ友さんは気に入らないようすでしたから
 四角い黒のバッグははっきり覚えていましたょ
 あぁこれこれ、って
 脚本家だから、原稿や台本入る大きさが必要だったけど
 ビジネスバッグみたいにじゃなくって、このショルダーバッグにしたんでしょうね
 カフェスタイルのときなんて、お似合いでした
 コスチュームものはこれから先見られそうもないもんねぇ
 メモるとき右膝あげて書いていたのが、カッコよかったぁ
 忘れていたけど、たぶん前もここはくいついていたと思う
 接客場面なんてなくって、梨沙が訪ねてきたり、お掃除したり、
 お店でパソコン開いて脚本の仕事したりして、その後カフェやめさせられて
 いつまでもティッシュくばりしていたのには、口あんぐり
 ごみ箱に捨てないで、八雲ゴリラくんの車の中に放り込んだりして欲しかったょ
 順平はもらわないだろうけどね
 往生際がわるくって、逃げ出すことばかり考えてるんだけど
 時間かけて心の整理していった過程は、この人にとって必要なことだったんだ、と
 結構、その場その場で人をバッサバッサ斬りたおすわたしにしては
 辛抱強く見守ってあげました
 自分に置き換えればいいんだけど(こういう類の人々は自分と共通項がある)
 他人にはせっかちに理想を求める悪い癖を反省できました
 本郷直哉のおかげです(*_*)
 よわっちいセリフ回しで、けど、
 普段のおしゃべりもこんな感じなのかな、って想像して
 髪かきむしってたしね
 いろいろなつかしゅうございました
 ほんとパンドラの箱開けたみたいに
 あの場面でかなり動揺した自分にも衝撃でしたけど…
 仕事だっていうのに日曜の晩は眠れなくって、夜更かししちゃいましたょ
 10年以上前のドラマで…(@_@)
 心配だから身を固めてほしい、などと考えながらも
 今でもこんなだから、ひろじくんの結婚報道とかあったら卒倒するかもね
 揺れる乙女心じゃーん
 作品としては、なんかヒューマンドラマで秀作でしたね
 (今だから言えること)
 主演、脇役の隔てが少ないのです
 出演者が、それぞれの立場で軽んじられていなくって
 それぞれシンクロするんです
 タイマン場面も多く、大事に人となりや関係性を表現していて
 引き立て合っていたように思います
 みんなで集うところも微妙な関係背負いながら、愉しくもあり、面白いしね
 梨沙と寄り戻せるチャンスって、
 最初の写真撮られて、異動になってそごう辞めようか、って悩んでる頃にあったょ
 なんであの時別れ話だったかなぁ
 あそこだよね ターニングポイント
 あのときに真剣に向き合ってあげてればね
 その後のあのしょうもない展開はなかったはず
 自分が落ち込んだ時だけ求めたって歯車はうまくかみあわないもの
 っていう暗示だったのかもしれない



 CSでもいいので、再放送してくださいませんかね
 役者のひろじくんこれしかないので、永久保存しておきたいです
 きっとあそこの場面は早送りしますけど
 漣さんが結構重要な役だったことを再確認しました
 この頃から大切に思ってくださったことを感謝します

大杉蓮さんとの対談はとても和やかで、
年長さんや一角の人物との場合、ひろじくん真摯な態度で臨まれるので
わりと少し落ち着いて拝見できるというものです



その中で、クスッと笑わせてしまうひろじ兄の話術は
かなりイケてるんじゃないかと思いますが
広告塔になって見るように言い含めている周囲の連中は、見る目がなくってね
張り合いがありません
ハイジィときたら「キムタクと歌っていた記憶しかない」などと言い
話すら聞いてないで寝ていたりする始末
「宮本語録集」の中からランダムに選んで音読するという反省をなさいました(^^)
「まだまだ欲があるからね。このままでは終われない。」
「ウーロン茶は、友達を家に呼んでビビらすには
 もってこいのものなんですよね(笑)。」
最初いやいやながらでしたが、この本の持つ力はなかなかのものでした
パラパラめくって読んでましたょ
あの本嫌いのハイジィが…(しめしめ)
文鳥のピーちゃんのお話、悲しいね
 セキセイインコの生後8ヶ月のケンちゃんがお空に飛んでいってから
 私、毎日お風呂にはいるたびに、感傷的になって半年以上泣いた記録持ってます
 「そっちはだめょ、もどっといで」っていうと、必ずおしりふりふり戻ってくる
 おりこうさんでしたし、こたつで寝ていると下唇にくちばしをくっつけてきて
 おしゃべりをするように訴えます
 黙っていると、軽く甘咬みして、早く早くとせっついていました
 男の子は甘咬みが得意で、よくほっぺやみみたぶなんかもマッサージみたいにしてくれます
 その点、女の子はだめね 気性が激しくって、よく怒って
 強く咬んでそのままくちばし動かしてグリグリまでしますから
 脱線しました 戻します
 ケンちゃんはヘタっぴながら「ぼくっぼくぼくけんちゃ~ん」
 ってさえずってました
 あんなかわいこちゃんが、って想い出すと今でもジーンとします
 お外に出ても飛んでいくことなくって、肩にちょこんと乗っていたもんだから油断したの
 かごの中でチャコちゃんがケンちゃんをいじめていたから、
 肩にとまらせようとお外にいるのにかごから出してあげたら
 そのままビューンって遠くにいっちゃって、いっくら探してもみつからなかった…
 興奮してる時になんて危険な行為だったんだ、って悔やんでも悔やんでももう時は戻らない
 こんなに哀しいことがおこるなんて、ってもうどうにかなりそうでした
 おかちめんこチャコちゃんが卵巣の病気で5年5ヶ月の生涯を閉じ
 最期をはじめて看取ったインコちゃんで、そのときは1ヶ月くらい悲しみました
 達者な子で、チビッコの頃から、ケンちゃんから先にごはん食べさせていると
 カゴの扉を力技で開けて飛び出てくるような怪力女子でした
 肩に乗せて一緒に近くのスーパーまで歩いて行ったりしてたけど
 ケンちゃん事件以降はやめました
 父の庭いじりにつきあったり、車に乗って一緒に出かけたりくらいはしてましたね
 帰ってくると玄関の音でわかって、ピヨッピヨッいいながら
 ちょこちょこ迎えに来てくれていました
 格別なインコちゃんです
 2代目からは数がふえて、深く面倒みてあげてなくって、ここまでの関係は築けてませんね
 チャコちゃんとの絆は、一番深かったように思います
 チャコちゃんの年下夫イケメンジュンちゃんは突然の事故死で1週間以上ショックでした
 ジュンちゃんは私たち人間とよりインコたち仲間を大切にする性格だったかな
 イクメンジュンちゃんでもありました
 必ずみんなのお家にごあいさつして、やさしくって
 足の不自由だった第1子アイちゃんの面倒をよく見てくれて
 アイちゃんは暗くても平気なのに「アイちゃんを連れてきてちょうだい」ってお願いしたら
 ちゃんと行こうとするんだけど暗闇怖がって「ムリムリ」ってUターンして戻ってくる
 お茶目インコでした
 子どもたちも今はみんな旅立ちました
 悲しい気持ちは同じなのに、経験則で哀しみの期間が短縮されていきました
 最初に受ける衝撃ってのは、ホントに凄いもんだと実感します
 半年間って、うまく切り替えできなかったんですけど、ハンパない時間です
 この経験があったから、少しずつ心が強くなれた気がします
 12年と8ヶ月も長生きした第2子ウメちゃんのときは、
 号泣せずに、よく生き抜いたねぇ、ゆっくりおやすみなさい、としっとり泣きました
 ほかの子たちよりうんと長いこといっしょに過ごせたことがしあわせでした
 小さい頃からおとなしくってビビリで、よそよそしい雰囲気だったのね
 最後の1羽になってからだけど、徐々に打ち解けて
 かなり仲良くなって、おしゃべりもできるようになって、信頼関係があったと思う
 病気やけがもせず、かわいそうに思ったり申し訳なかったりという気持ちが少なかったから
 お別れのときもさみしいながらも静かに受け入れることができました
 ノンノンちゃんとナナちゃん(姉と弟)といういままでと羽の色の違う新入りがやってきて
 だんだんと衰弱していたウメちゃんがもう一花咲かせて
 やや元気を取り戻し、大きな声でさえずることができるようになって
 その後も1年以上生きることができたんです
 仲間(若造)のいる環境がこんなに気持ちを活気づけるものなのか、と驚いたものでした
 多大な貢献してくれたノンノンちゃんもナナちゃんも天国に行ってます
 この子たちは焼け出されたときにいた子たちで
 やはりストレスを大きくかけてしまったと思います
 ノンノンちゃんはチャコちゃんと同じ卵巣の病気で5歳と8ヶ月で永眠しました
 ナナちゃんは左羽にガンができて、本当にかわいそうでした
 今おうちにはピンポンパールのお豆ちゃんたちだけです
 昨年の9月末にやってきたときより数段大きくなりました
 おうちに来たとき、水槽に入れたときから、
 「うわーっ、うれしい」ってかんじで勢いよく喜んで泳ぐような5匹でしたが
 ほんとにひとなつっこくて、必ず水槽をみると(おなかすいてなくても)
 すぐさま全員近寄ってきます



うちの場合、最初に番で飼っていたので続きましたが
ひろじくんとこみたいに1羽だけだったら、その子失って
もう飼えなかったかもしれませんね
それくらい別れはつらいものです



曽我部恵一さんとの「俺たちの明日」は、安心して聞かせていただいたかんじです
おふたりとも余裕がある歌いっぷりでした
トリビュート・アルバムは聴いていないのですが
曽我部さんは「デーデ」なのですね
歌っていただいてありがとうございます



「あなたへ」を聞いたユキちゃんは「とてもいい曲ですね」と評価してくれました
貴重なひとです テレちゃいます
「新曲なのょ」と教えておきました

番組評というにはちょっと…あまりにもとんでってしまってますね
いつもながら、あきれる
そのついでに、もうひとつ



日曜日に届いたグッズたち
「宮本語録集」がどうしても欲しかったので
缶バッジとパンフまで購入
あの時以来、エレカシグッズは買わないって決めていたの
さんざん収集したもの一切合切失って、茫然自失
エレカシお宝箱は2箱(衣類と雑貨に分けていた)目いっぱい入ってました
本棚には書籍、雑誌類片っ端から収集して、アンアンはもちろん
週刊プレイボーイも毎号買っていた(努力家でした)
すべてが一時になくなっちゃうなんて考えられないでしょ
あったんです
これからもないとは限らない
収集癖に歯止めを掛けないとこれからやってけない、と思わずにはいられなかったの
当選したサイン入りTシャツやポスター、色紙(これはツアー中CD買ってもらった)も
私のところにやってこなければ
誰かが今も大切にしていたはずなのだ、ってね
申し訳ない気持ちでいっぱいだった
なのに25周年ってことで、なんか見事に箍が外れたね
お祭りだから、今回のみってことにはしてるんですょ 一応
生きていると、いろいろと増えてくるもんです
CD・DVD以外収集しない、って決めても
表紙がエレカシな音楽誌は買ってしまおう、とか
フリーペーパーは複数冊もらったりね
信念の希薄さに嫌気がさしますが
そんな自分を許して、彷徨って生きるしかないのですぅ


過去のエレカシ関連番組評
2014年1月17日
エレファントカシマシ
 デビュー25周年記念 SPECIAL LIVE さいたまスーパーアリーナ