依存症という病気は関係性の病いだなと思ったことがある。
酒を飲む人ばかりでなく、家族もまた共依存というかたちの病理にはまっているからだ。
そして気づいた方が変わっていくより他ない。
しかし、尻拭いをやめることと同様に、変わることには勇気がいる。
漠然と自分自身が保てなくなるかのような不安を抱く。
311以降、私は変わりたいと思っている。
もし、依存症という病気のように原子力にまつわる様々なことが「関係性」にこそ回復の余地があるとするならば・・・。
どう変われば良いのだろうか。
すぐに浮かぶのは「思い込みを捨て白紙に戻す」ということ。
どんな思い込みがあるだろうか。
“オーガニックは良い”
農薬も化学肥料も使わないで作物を育てるって素晴らしいと思う。でも有機JAS認証には栽培についてしか規定がなく、放射能汚染については検査体制はない。
もしかして、オーガニックのフランス製ジャムを時々購入しているが、放射能汚染がないとは言い切れないなと思ったり。これまでの核実験などの影響で、輸入基準値内ではあるが不検出ではない、なんてこともあるかもしれない。
“原子力を推進する人は金に目がくらんでいる”
この思い込みはなかなか白紙に戻せない・・・。
原子力についてまわるお金があまりにも多額で、お金のために命を売ってるって思ってしまう。
でもそうでない人もきっといるのだろう。
非暴力コミュニケーションで学んだことからすれば、推進する人もニーズに基づいて行動している。
そこに金というのはない。
「安定」だったり「秩序」だったり、もしかしたら「命」でさえあるのかもしれない。
“大手メーカーは信用ならない”
これも簡単には手放せない。
でも311以降のイオンの対応はすごいなと思う反面、どこまで徹底されているのだろう?と思って、相変わらずイオンでは買い物していない。
オムツの袋を開けたら空間線量が上がったみたいな話があって、オムツメーカーに放射能汚染について聞いたことがあった。
そうしたら定期的に外部機関に出して検査をしており、不検出とのこと。
しかも2011年の3月中に一度検査に出していて、こういった商品の衛生面に対する細心の注意には敬意を表したいと思った。
“マスコミはスポンサーに都合の悪いことは報道しない”
そういう面が多いとは思うけれど、そうでないこともある。
報道ステーションの年末特集番組も事故は津波でなく地震で起こった可能性について追及していて良かった。
朝日新聞の「プロメテウスの罠」コーナーも良い。
“政府は・・・”
69の会(ロックの会」が伝えてくれた、管さんの元政策秘書の松田さんの証言 の中で、「政府とひとくくりにしないで」という話があった。(動画は削除されてるかと思ったらあったコチラ )
いろんなことをざっくり言い過ぎている。
私も「最近の母親は・・・」と言われるのは好きではない。
他にもたくさんの思い込みがある。
そう思って深く考えない方が楽だからである。
さまざまな葛藤があるからこそ人生は豊かなのだとしたら、
不器用ながらも思い込みを捨て、一つひとつ丁寧に向き合っていきたい。
つづく・・・
