今朝、目覚めた時に何故か、幼稚園の担任先生の顔が浮かびました。


年中さん、5歳になる年の先生です。
ご年配で、おばあちゃん先生でした。


私は年中さんになってすぐ、この先生から傷つくことを言われました。


機嫌が悪かったのか、話しかけた時に拒絶されたんですよね。


前年の先生が優しかっただけに、当時の私にとっては、人生観?がひっくり返るくらいの大事件でした。


それまで無邪気で明るい子どもだったのが、その出来事を境に、一変して対人恐怖症になりました。


ひとりで心を閉ざし、外では誰とも話さない人生の始まりでした。


「先生」というものが、大嫌いになりました。


私の人生が狂う引き金を引いたのはこの先生だ、というくらい恨んできました。


でも今朝は、私の顔を怪訝そうに見つめる先生の顔が浮かんだんです。


とっくに顔を忘れていたのに…














四十数年目にして初めて、「あれ?冷たくない時もあったな」と思いました。


もしかしたら、先生は私の心が凍りついたことに気付いていて、私に声をかけてきたこともあったかもしれない。


怒ってない時の先生って、どんな感じだったっけ?


始めに拒絶されたあと、他にも嫌なことをされたんだっけ?


思い出せません。
ずっと怒りで凝り固まってきたから。














今朝浮かんだ先生の顔は怒っていなかった。


あの時以外は普通の先生だったのかも…


ベタ甘ではなかったものの、普通に話しかけてくれていた?


「○○ちゃん」と話しかけてくる声が聞こえてくるようでした。


なんだか涙が溢れてきました。


私が心を閉ざしていただけで、先生からの思いがなかったわけではないのかもしれない…


先生は、ひとり殻に閉じこもる私を、気にかけてくれていたかもしれない…









30代の頃、偶然その先生が担任だったという人と知りあいました。


私が「いつも機嫌悪くて冷たい先生だったよね」と言おうとしたら、


その人は先に「あの先生大好きだった!」と言いました。


「えっ?どうして…」
「えこひいき?」


と、驚きましたが、


たぶん受け止め方の違いだろうなぁ、とも思いました。


素直な子は可愛がってもらいやすいよね、と。


私の心はカッチカチに凝り固まっていたので、


でも私には優しくなかったもん!と、それ以上考えることを避けていました。















先生、あの当時もそんな顔で私のことを見ていましたか?


先生の「大好き」なところを見逃していたのは、私の方でしたか?


あの年は初めて妹が生まれて、家での居場所もなくなっていて、


私が傷つきやす過ぎたのかもしれませんね。











どうして今朝、先生の顔が浮かんだんだろう。


どうして涙が出て、誤解が溶けたような気がするんだろう。


私の対人恐怖症の出発点が、溶けだしているような感覚です。


私はずっと、一方向からしか人を見ていなかったんでしょうね…


心を閉ざしたせいで、「大嫌い」ばかりを何度も思い返して、


「大好き」になれたかもしれない部分を見ていなかった…


ああ、大損な人生を歩んできたなぁ。















イヤなところのある人でも、よくよく見たらいいところがあるかもしれない。


「大嫌い」も「大好き」も、私次第で変わるかもしれない…


少なくとも、あの先生は私にも愛情を与える用意があったんだと思います。


すごくすごく遅くなったけど、気が付いてよかった…














グリーフとは悲しみのこと。


悲しみを語ることで少しずつ手放していくのが、グリーフワークです。


カウンセリングや自助グループや、色々やってきましたが、


頑張ってやっていた時ではなく、10年近く経った今になって、


何の前触れもなく…


理由は分かりませんが、


夢枕に立ってくれた先生のことを、今は不思議な気持ちで受け止めています。


雪解けのようなものですかね…


自然に解けたようでもあり、たくさんの人たちの温かさが効いてきたようでもあり、


焦らず、時間をかけて待つと、こういう不思議なことも起きるのかもしれません。


私はたくさんの人のお世話になってきたんだなぁ。


私はすごく意固地だったなぁ。


なんだか恥ずかしいですね……
(*´ー`*)









唐突に聞くと分かりませんよね。
(^o^;)


夢うつつの記憶は、起きて動き出すと消えてしまいそうで、


寝ぼけた頭でなんとか書きとめました。


いつにも勝る乱文にて、失礼しました。
m(_ _)m