友人や同僚と話していると、「そうでもないよ」と、否定の言葉が返ってくることがあります。


「じゃあ、こうすれば?」とか。


「そうだよね」という言葉を期待して話した時には、「ん?」と固まります。


なんとなく、軽い拒絶を受けた気がするのでしょうか…


女性は共感言葉のキャッチボールが得意な人が多いので、そう多くはないのですが。


そういう言葉を返す人は、いつもそういう話し方をしているようです。


なので、気付いた時点で、こちらの問いかけを逆にするようにしています。


「これでいいかな」の変わりに、「これじゃダメかな」と言うと、


「そうでもないよ」。


オッケー!私の欲しい回答ゲットです。


「これ好きじゃないよね」。


「そうでもないよ」。


そうそう、いい感じ。


でも、ちょっと面倒くさいですね。
悪気はないようなんですけどね。


その人のお母さんが、否定言葉の多い人だったのかな。


この人も、寂しい子どもだったのかな、とか思ってみます。


なんだか同類っていう気がしちゃうんですよね。


私の母も「共感」嫌いです。


「わがままが通ると思うなよ」と思うらしいです。


母も「共感」してもらえない子どもだったんですよね。


思い出話を聞くと、アダルトチルドレンど真ん中の人ですから。


今から25年ほど前、「共感」という言葉が、教育や心理学の専門家から聞かれるようになりました。


そのことを話題にすると、母は「共感」がいいことだとは思えない、と言って即拒絶していました。


あれでも元教員なんですけどね…








あれから四半世紀。


「共感」することは大切、はかなり一般論になったように思います。


ただ実践はまた別物。


とっさの口癖、その時の感情。


なかなか立派な対応はできないものです。


私の言動は大丈夫かしら?
(^o^;)


人のふりを見ると、我がふりも整えなくちゃと思います。


全部が立派じゃなくてもいいんだけどね。
(^o^)d


自分以外の人間は全員我が師、と聞いたことがあります。


色々なところに気付きがあって、ありがたいことです。
(*´∀`)