私の父は2011年7月に癌で亡くなりました。81歳でした。食道から肺に転移した癌によりなくなりました。

 

最初に癌になったのは57歳だったでしょうか。そのときは胃癌で会社の検診で見つかり、都内の大学病院で三分の二切除して助かりました。よく言われることですが、やはり早期発見に限ります。癌は全身疾患ですから、転移するとかなり難しい状態になりますね。

 

二度目の癌は70歳を過ぎてからでした。今度は食道がんで、切除ではなく、焼き切る方式によって治療しました。完全に焼き切ったと言われたのを覚えてます。その後は半年に一度の経過観察で通院を続けておりました。

 

なくなる2年前の冬に半年の通院を1年に一度でもいいでしょうとのコメントで、喜んでました。ところが2010年の3月に胆嚢炎で中野総合病院で手術した時にどこかおかしいということで再検査したところ、食道の癌が見つかりました。外科部長の大野先生の見立てが正解だったわけです。更に肺への転移も見つかり、所謂ステージⅣとういうことになります。

 

私は医療関係に勤務してますので、この事態を理解しているつもりですが、正直厳しいだろうという感じでした。食道癌には新世代の抗がん剤もなく、古いタイプの抗がん剤しかないという状況でした。オペは厳しいだろうし、放射線治療にも限界があるだろうしということで、正直打ち手なしという感じでした。

 

この状態に至ったのは完全に大学病院での再発モニタリングの手落ちですね。画像も何も取らなくて判断のしようもないですが、正直甘いですね。これが教授の診療なんですから。憤懣やるかたなしです。

 

本人の希望もあって大学病院に戻りましたが、見落としの責任があるにも関わらず、若い医師のでかい態度には怒りを感じました。

 

結局抗がん剤も放射線も効果でず、大学病院から出る羽目になりました。大学病院は積極的な治療ができないとなると匙を投げてしまいます。この時は正直困りました。転移先の肺のガンを進行が早く、こちらを止める必要がありましたので、凍結療法や焼き切る方法などをたよって、他の大学病院や大病院の受診しましたが、サイズが大きなっていること、高齢であることからどれもできず、万事休すでした。

 

このままでは癌難民になってしまうので、近所のかかりつけの開業医の先生に相談しました。中野総合病院と連携しながらうちで面倒見ましょうというありがたい言葉、これには本当に救われました。

 

それから亡くなるまで9ヶ月くらいだったでしょうか、何回か中野総合病院に入院しましたが、自宅にいる期間も長く、最期の時を迎えることになりました。

 

中野総合病院には本当にお世話になりました。外科の大野先生、呼吸器内科の山崎先生には大変にお世話になりました。やさしく接してくれるスタッフも多く、診療技術が高いだけではなく、患者本位の診療をしてくれる医療機関とはこういうものであることを強く感じました。大学病院至上主義を感じますが、このような病院が経営的には恵まれないのは何か不条理を感じます。

 

大学病院を全面的に信じると危ないですよ。