面白いとは聞いていたのだが初回を見逃したのでそのままにしていたブラッシュアップライフがNetFlixで配信されていた。

 もともと真剣に映画やドラマを見てこなかったわたしは、監督が誰とか、脚本が誰といった見方をしたことがない。それが、この作品の脚本はバカリズム。あーなるほど監督や脚本者を楽しむとはそういうことか。随所にバカリズムっぽさがあふれ出ていた。

 

 

 市役所に努める近藤麻美は友人たちとの食事会からの帰りに交通事故で死んでしまう。天国の受付で次の転生先が「オオアリクイ」であることを伝えられた麻美だったが、オオアリクイは嫌だとゴネると、人生をやり直す選択肢もあると告げられた。次の人生を人間として生きるため、より徳を積む人生とすべく麻美は人生2周目に挑戦するのだったーー

 

 評判通り面白かった。2周目の人生は特にわくわくした。この作品では1周目の、というか通算の記憶が残ったまま生まれ直すのだ。そうすると、たしかに赤ちゃん時代はヒマだろう。麻美は徳を積むために道端のゴミを拾ったり、保育園の友達の父親の不倫を防いだりする。

 そんな人生にナレーションを入れていく安藤サクラの語り口調が心地良い。


 そもそも麻美はオオアリクイへの転生が嫌で人生をやり直している。徳を積めば希望の生物に生まれ変わる確率が高くなるという。ただ自分の好きなことをして生きるのではだめなのだ。

 人生をやりなおすにあたって、この徳システムというのが、次の人生をより人の役に立つように生きようとするインセンティブになっている。

 そうなってくると、徳とは何なのか、といあ問題にぶつかってしまう。麻美も徳の正体が分からず、なんとなく徳が積めそうな行動を選んでいるようだが、2回目の人生の結果(転生先)を見ると人助けをしても大した徳にはならないのかもしれない。


 面白いのはーーまぁドラマにならないし、危険もあるからだろうが、徳に全振りした行動を麻美が取らないことだ。

 例えば宗教家なんて徳の塊のように思うが(ほんとのところは知らない)その人生は選択しない。

 めちゃくちゃ金持ちになって貧しい人を救う篤志家、これもナシだ。そもそも未来を知っているのだから、早い話ギャンブルで儲けられる。金持ちになるのは簡単なことだ。作中でも未来を知っていることで少しだけ得をしている。

 それから政治家。金はいくらでも稼げるんだから、世界を救って徳を積めそうなんだけどなぁ。政敵にやられたら次の人生で回避すればいいんだから。

 まぁ「ブラッシュアップライフ」だからね、ちょっとずつ変えていかないと、ドラマにならないよね。


 それから徳について、いつも考えることがある。それは仏陀の歩き方だ。仏陀は殺生をしないように、すり足で移動していたのだという。その心がけは素晴らしい。だが本当に殺生をしていないのだろうか?今体重をかけた右足の下には、土の下にミミズがいて、仏陀は知らずにそれを踏み殺したのではないだろうか?もっと小さな虫はいなかったのか?

 虫を殺したことを知らなければ徳になるのだろうか。このドラマを見ていても同じような気持ちになる。例えば友達の父親の不倫を防ぐ。徳を積んだと喜んでいる。だが父親の寝タバコが原因の火事で友人一家まるごと死んでしまう。そんな未来が訪れないとはいえないだろう。結末を知らなければ、まぁそもそも結末というのがあるのか、という話だけれど、親友の父親の不倫を防ぐのは、いいことなのだろうか。

 フクちゃんの音楽活動を止めない、っていう選択肢も一緒なんじゃないか。音楽活動を止めれば、フクちゃんは別のことで成功者になって、お友達と幸せな家庭を築かないだろうか。


 そう考えると、友達を救った、徳を積んだと喜んでいる麻美の浅ましさを思わずにはいられない。人生とは、もっと複雑なものだよ。そして幸せとはもっとシンプルなものだ。と、バカリズムが言っている気がする。


 それにしてもバカリズムは徳をいう言葉を便利に扱っている。そもそも徳を積んだからと言って希望の生物になれるとは限らない、人間もそれ以外の生物も価値は一緒ということなのだが、それでは今回の人生は徳が積めたのかどうか評価ができない。

 そういう設定のところに、本人の幸せというか、結婚、ということを避けて通っている。無論作中に出てこないだけで友達は結婚しているのかもしれないが、麻美はしていない。その選択肢を入れてしまうと、人生の評価をするときに、どっちに転んでもバカリズムは怪我しかしないからだろう。

 だから、7話辺りから物語の底が見え始めて、正直最終話はつまらなかった。ブラッシュアップライフ、タイトル通り少しずつ人生をより良くしているのだが、、おっとネタバレになるか。行を空けよう。







 飛行機の航路を変えるためにパイロットになるなんて、バカげている。先輩機長がどうしてもフライトを代わってくれない、と、麻美は犯罪者になることを受け入れて機長に毒を盛る覚悟を決めているが、その覚悟があるなら、空港に「飛行機に爆弾を仕掛けた」とでも電話すれば済む話である。フライト時間が遅れて事故は避けられるだろう。

 宇野真理が5周目?の人生でフライトプランを変えられずに失敗するっていうのもバカバカしい。機長の反対を押し切ってでも、操縦桿を倒せばいいのだ。または、エンジンの推力を変えて速度を変えるなど、スペースデブリを避ける方法はいくらでもある。

 宇野真理はそれをしないで、死んで6周目の人生を繰り返し始める。親友を道連れに、だ。

 死んだことがあるから慣れているのだ。わたしは死ぬことが怖いと思っているが、その主な理由は死んだことがないからだ。でも彼女は死んだことがあり、死ぬことになれていて、すぐに友達を救うことを諦めてしまう。なんというか、醒めるね。ゲームじゃん。

 それまでの人生でも、飛行機事故で親友が死ぬのが分かっていて、希望のフライトに乗れなかったって理由だけで親友を見殺しにしたんでしょ?その程度の「大事な友達」と老後を迎えるのがハッピーエンドだなんて、バカリズム、世間の目をめちゃくちゃ気にしてるじゃん。ハトだし。まぁ、商品だから、そんなものか。

 そういえば友達の老後。または、おじいちゃんの人生。少なくとも麻美のせいで死ぬポイントが変わっているわけだから、友達の場合、おばあちゃんまで生きればハト。でも飛行機事故で死んだらもしかして違う生物に転生してるんじゃない?

 ということは、おじいちゃんも友達も人生何周かしてると思うんだよなぁ。


 ほかにも、親ガチャとかいうくだらない世間の声に対しても一定のバカリズムの意見が表現されていたり、いろいろ考えることがあって面白いドラマだった。