諸国を放浪していた浪人、鮎貝伝八郎親子は、5代将軍綱吉の生類憐れみの令により混乱する江戸に逗留していた。しかし父は外出先で心臓発作を起こし他界してしまう。得意な鯉、鮒釣りでなんとか暮らしていた伝八郎の元へ、尾張藩家老の稲葉主膳が訪れた。亡き父を知る稲葉は伝八郎を仕官させたいという。応じた伝八郎に命ぜられた仕事は御納屋奉行という、魚河岸から鯛を無料で手に入れてくるという仕事だったーー



 釣りは掴み程度で、物語としては勧善懲悪のスッキリとして読みやすい時代小説なのだが、

 「まだまだ世間を見る目の甘めえ、甘めえ坊っちゃまだから、池の水に浮かんでる可愛い虫っ子のあめんぼうだ。」

〜引用元  長辻象平作御納屋侍 伝八郎奮迅録 : 1 あめんぼう〜

なんと伝八郎と一緒に何も考えずに楽しんでいる甘ちゃん読者にも冷水を浴びせる、ミステリーのように伏線を張りまくり裏の物語も読ませたがる変な小説だった。伝八郎は手妻(手品)が得意だが、作者も読者を驚かせるのが好きなようだ。

 この小説は続編があるのだが、実はその続編を先に読んでしまい、途中まで読んで、どうも変だ、なにやら読者との暗黙の了解があるぞとタイトルを見返したところ2巻目であることに気づいた。それで慌てて1巻目のあめんぼうを読み始めるのだが、この本のあらすじは大枠分かった上で読むことになった。それでも面白く読めたが、何も知らないで読みたかったなぁ。まぁこればっかりはしょうがない。

 作者は釣りはもちろん魚やイカ・タコ・貝などの魚類に造詣の深いらしく、作中に出てくる鱸の洗い、鰯の塩焼き、蛤の雑煮など、本当においしそうな描写が素晴らしい。最近、50年くらい前の本を読んでいたらあまりにもの表現の豊富さに驚き、現代の言葉、文章の語彙力読むのなさに愕然としたのだが、この作者の語彙力もなかなかのものだ。

 それに、生類憐れみの令と魚河岸というテーマもおもしろい。綱吉がどんどん生類憐れみの令の範囲を広め強めていく中、そうはいっても、と現実と折り合いをつけていく江戸という街。現代も動物愛護や自然保護から、釣りを始め、動物を食べることにも自由にならなくなってきそうな予感がしてきている。へらぶな釣りなど、食べるためではなく単に楽しむために釣りをするのだから以ての外だ。へらぶなはかわいそう、国内外来種の放流を許すな!と興味を持たれたらへらぶな釣りの伝統の火もあっという間に消え去ってしまうだろう。極端から極端に流れる日本人のヒステリー症は、SNSという翼を得て富士山の高みを超えている。あり得ない話ではない。もっとみんな、釣りでもしてセロトニンを増やしたほうがいいんじゃないですか。

 さて、回収されない伏線だらけのあめんぼうだから、次回作みずすましを読むのが楽しみだ。もう、半分近く読んじゃったけど。自分の頭で考えながら、続きを読もう。