平成最強寒波が来てるらしいですね。
明日が寒さの底です。
それが過ぎたら春はすぐそこまで

もう一踏ん張り頑張りましょう

リビングの室温が23℃で、今日はちょっと寒いと感じる

普段は25℃になってます

別にそう設定してるわけじゃ無いけど、見ると25℃

今夜は札幌より2〜3℃低い我が家地方は-16℃?まで下がるみたいです。
娘の終電のお迎えで、それくらいはざらだったからあまりピンと来ません

今は家の造りも断熱性に優れていて、家の中は暖かいのが当たり前ですが、
昔々…昭和の頃…
まだ断熱材がほとんど入っていない木造住宅しか無かった時代…
家の換気口から吹き込む雪がキラキラして、枕元に薄っすらと積もっていた話しは、私達夫婦の共通の話題です

居間はストーブでガンガンに暑かったけど、寝室は布団も全然温まらない寒さで、湯たんぽや電気毛布が無いと寒くて眠れませんでした。
子供時代は本当に家の中も寒かったです

先日、ストーブの話しになり興味あると言われたので、我が家の暖房変換史を書きますね〜
まず私の記憶の最初が
石炭コークスストーブ

(画像はお借りしました)
煙突が後ろから出ていて燃焼室が前半分だから、上の後ろ側の蓋開けてホイルに包んだサツマイモで焼き芋をよくしました

ただ石炭コークスの灰が出るから、頻繁にくべては掻き出す作業をしていました。
もちろん温度調節なんて細かく出来ないから、皆んな顔が真っ赤になるくらいに暑かったです。
小・中学校もこれより大きい石炭コークスストーブでしたから、朝石炭コークスを教室まで運ぶ、コークス当番は日直の仕事でした。
そして、我が家に石油ストーブがやって来たのは、私が幼稚園の頃。
ポータブル石油ストーブは石炭コークスストーブと併用していましたが、完全に新旧交代のストーブはこれ!
(画像はお借りしました)
以前の煙突がそのまま使える懐かしいサンポットの石油ストーブ

火力調節が出来るし、上では以前のように煮炊きも出来る。
そして石炭ストーブみたいに煙突側の蓋を開けて焼き芋が出来る🍠

後に部屋の真ん中じゃなくて壁置きタイプに変わり、焼き芋出来なくてガッカリした記憶があります

後にこれも煙突が後ろから細い管の強制排気式になり、床暖も付きました。
この頃高校は温水パネル式の暖房で、スチーム暖房って言ってた気がします。
アルミの弁当箱が暖房器具の上に毎日ズラーっと並んでいて、そこに柔道部の朝練終わりの柔道着が混じってて、なんとも言えない匂いを放っていました

結婚して東京暮らしになり一番辛かったのが、暖房器具のカロリーの低さと家の断熱性の低さ。
エアコンと電気ストーブに電気カーペットとフル回転でしたが、それでも寒さに弱い私は風邪ばかりひいていました

雪国の新潟も基本的に東京と変わらず

小さな石油ファンヒーターを社宅で支給されましたが、排気の臭いに慣れて無いし頭が痛くなるから、やはりエアコンと電気カーペットと電気ストーブフル回転で凄い電気代でした。
今は石油、ガス、電気と色々種類は有りますが、我が家は電気ボイラーのセントラルヒーティングです。
電気ボイラーで温めたお湯を各部屋のパネルに送り循環させています。
メリットは温度ムラが無いのと火災の心配も無い事。
デメリットは凄く乾燥する事。
(洗濯物がすぐ乾く)
加湿器付けて洗濯物干してもバキバキに乾燥します。
何せ外は氷点下で湿度はほぼ無い状況ですし

正直ユラユラ揺れる炎が恋しいです。
姑の家は壁置きの石油ストーブなので、行った時は背中炙りに勤しむのが楽しみ

こんな贅沢な暖かい家は子供の頃は想像も出来なかったけど、外気温は昔の方が明らかに寒かったです。
朝鼻から息を吸うと鼻の穴がペタ〜っとくっ付くし、銭湯帰りは髪の毛がカチカチに凍ってたし

それでもちゃんと生きてたんだから、今考えると凄いですねー

だからなのか、今世紀最大の寒気的な騒ぎに若干引き気味な私達夫婦なのです
