
震災と共に歩む独立開業なわけで、先日も以前からのクライアントさんが「こう言っちゃナンだけど、忘れられない開業になるわよね」とおっしゃっていました。
29歳で千葉の実家から東京に越して来て、約10年になるのですが、その間、思いつきとヒラメキで鍼灸の専門学校に通うことになったり(3年間週6日通学&昼間は一般企業で働いていました)、なんだか妙に厳しい先生のところに修行に行くことになったり、完全歩合の治療院で働くようになったりして、自分のことで精一杯であまり後ろを振り向かず、周りも見ず、ひたすら前へ前へと進んでいました。
独立開業もまずまずトントン拍子で進んでいました。
これからもズンズンと前に進もうと思っていました。
が、開業11日目の震災で、ズンズンが止まりました。
テレビに映る恐ろしい東北の状況はもちろん心配でしたが、実家にいる家族、特に片親で育ててくれた母のことがとても心配になりました。テレビでは千葉の工業地帯のガスタンクが火事で燃えているのが映し出されていました。
夜やっと母に電話が繋がったとき、とても安心しました。
家から工業地帯の火事が2箇所いっぺんに見える…と恐ろしいことを淡々と語っていましたが…。
それまでの10年近く、あんまり実家に電話をする方ではなかったのですが、3月11日を境にすごいマザコンなんじゃないのか?というくらい頻繁に母に電話するようになりました。
以前は年に1回帰るか帰らないかだったのに、1ヶ月に1回はできるだけ帰ろうと思うようになりました。
子供の頃は親と一緒にいるのが永遠のように思え、疎ましくさえ思った時期もあったのですが、
疎ましく思ったのも今となれば幸せだったのだと思います。
自己満足なのかもしれませんが…親や家族と接することのできる時間を以前より大事にしたいなぁと思うようになりました。
それが震災前と震災後の私の一番の大きな違いです。(『親が死ぬまでにしたい55のこと』とかを読んでも、そういうのはすんごく考えるんですけどね)
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/wxr_detail/?id=20111024-00021829-r25

※一番上のお花は一周年でTさんに頂いたものです。ありがとうございます^^
鍼灸リラクゼーション クレア自由が丘治療院