今年もフランスの9月がやってきた。
この2年、私は失業と新しい恋愛に始まり、ボランティア活動(移民支援団体)、語学の個人レッスン多数、そして仕事復帰(事務系)と、色々な意味で充実していた。
仕事から一旦離れたからできたこと。彼と2年間、恋人として、同時に母のような立場として伴走してきたこと・・・過ぎてしまうとあっという間に後ろに流れていくから不思議。
恋人は無事に勉学を終えて就職し、遠い町で働き始めた。時々は行き来できるけれど、これまでみたいに週に何度もパッと互いの家でご飯を食べたりできる距離じゃない。でもそれはそれで、自分の時間を過ごせているし、2年の付き合いを通じてお互いのことが分かって、関係が落ち着いているともいえる。
さて、9月からは、事務職と教える仕事の両方をやることになり、2足、3足のわらじで忙しくしている。
事務は淡々とこなす仕事(ただ、フランス人は文句たれだから、時々メンタルがやられそうになる苦笑)、そして教える仕事は自分なりの工夫と相手の成長とでやりがいを感じられる仕事。
そんな中、自分が支援する西アフリカ出身の女性Y(30代前半)が、「自分の子供(13歳)がアフリカ大陸から海を渡り、イタリアを通ってフランスに到着した」と言ってきた。9月初めのこと。
西アフリカの人がよく仲介者を通じて通るルートで、マリやアルジェリアの砂漠を越え、チュニジアからイタリアのランペドゥーサ島に向かう船に乗り、島からヨーロッパ本土へ。Yの子供は知り合いの大人に伴われて、3年かけてやってきたという。
この女性Yは、若い時にできてしまったその子を親戚に預けて、先に国を出てフランスで暮らしていたから、子供とは今回7年ぶりの再会。それだけ母国が政情不安で将来の希望がなく、危険を冒してでも外へ出たいという思い。
人類の歴史を見ると、人間は船であちこち危険な思いをしても旅して移動してきた。アフリカからの民族大移動は今現在も続いている。ただ、現代では「国境」という境界線があるから、ビザもパスポートもない状態で、彼らは身分を証明するものが何もない。
でも、フランスでは、どんな事情であろうと学校には入れてくれる。だから先日、Yの子供が中学に入るための面談に私も付き添った。これまでちょっとしか学校には行けていなかったから、フランス語はかなり弱い。Yは母親としてできるだけのことをしたいと考えているし、私も彼女の支援者として、子供のために算数の問題をプリントしたり、フランス語のテキストを一緒に探したり、サポートできることはしたいと思っている。
・・・恋人が一旦独立していって、そしてこうして新しい状況が生まれたことの不思議。
私自身、フランスという外国で、安定した立場というわけでもない中で、こうして何とか人とのつながりをもって生きている。そうやって、ただ今日を生きて、会いたい人に会えて、無事過ごせること、ただそれできっと十分なのだと思う。
いそがしいながらも、そんなことを考えてふと幸せを感じる今日この頃。ようやく秋も近づいている。
8月下旬、私の誕生日に彼が「いつもありがとう」とプレゼントしてくれた花。花言葉は「あなたを愛しています」(笑!!)、「幸福が飛んでくる」
近所に咲くムクゲ。2年前に出会った頃、彼がパッと写真を撮って送ってくれたっけ。花言葉は、「優しさ、柔らかな愛情」
皆で活動するガーデニングクラブに咲く百日草。「不在の友を想う」
Yの作る西アフリカ料理アチェケ。魚とバナナとクスクスのようなものと。。。とっても美味しい。
遠距離になったけれど、毎回必ず彼が来て去っていくときは、色々食べ物を持たせて駅まで見送る。




