私立進学校、ほぼ有名私立大学に進み希望社ではないけれど希望職種に就け総合職としてバリキャリ、仕事先で知り合った大手広告代理店勤務の男性と結婚、

どこに住んでいるのか分からない、じいちゃんに挨拶に行ってと言ってもコロナで私の味覚がなくなったらどうする?と取り合わない、結婚式も無期延期にするが相談もなく報告のみ、せめて顔をと待ち焦がれたじいちゃんは諦めて祝い金を私に託す(三桁)、取りに来いと言っても半年放置、

職域接種が盆には済むから顔を出すかもといったまま音信不通、私は休みを取っていたのに結局音沙汰なし。

死にそうだと返事がくるも母親から「大丈夫?」のラインが半月経っても既読にならない。


なんだろうね、他にもあり得ない対応が。頭がおかしくなっちゃったのかな?と長女のことを思う。次女はかなりの配慮型で私より常識人で、この長女に意見しようか今は止めておこうかなどと悩んでいる。


次女も私立高校、私立短大と出した。シングルマザーで。

次女は意見も合うし考えていることが似かよっていて同時に同じ発言をすることがある。


ただし、私は二人とも同じように育てたつもり。二人は正反対なタイプだったので二人のいいところ悪いところ、認めていたつもり。


今日は家を出て2年帰ってこない長女の部屋を片付けた。シングルになったときに新築建て売りを購入し6畳東南角部屋を長女にあてがっている。

日記が出てきた。

たまたま開いたら「2月8日今日、パパが出ていった。元気でなと言って」

とあり、

遊んで欲しかった、愛されたかったとあった。


私の愛情不足とも取れる内容も。


今ならもう少しうまく子育て出来ただろう。

片付けない、やりっ放し、自分のこと、もう少しやって欲しかったなど、責めること多かったと思う。


ただあれほど荒んでいたとは。

中二病がプラスされていたとしても、私の実力不足であったのは否めない。小さい頃はフロイトの精神分析やら天才児に育てるやり方で凌いでいたが、この頃は確かに私自身が路頭に迷っていた。私の母は一歳の時に没しているので、私自身がまともに母親の愛情を知らない。


離婚してこれもよかったかも。

知らぬがゆえに一人で全て対応出来た。夫という、これまた大して愛情を掛けられずに育った人間から意味のない妨害をされずに。


長女は無言という抵抗をした。

完全に殻に閉じ籠った。


ただ、高校受験が近づくと、私が幼い頃彼女にしていた幼児教育を思い出したのか、私と勉強するのが好きになり、最終的には開成の数学の問題集も解けるまでになったが一年では時間が足りず、第一志望には通らず私立となった。レベルを落とすくらいなら私立という、同級生の糞親で我が家をバカにしていたヤツへの当て付けもあったが、その頃には長女もその環境に満足して頑張って周囲オール5の人たちに必死について行き、なんとか大学もまあまあのところに入り、

結婚相手の親が教師のところ、結婚相手より取り敢えず大学が上で、私が高卒のシングルマザーだけれど、娘と勉強頑張って良かったね、と言い合ったところだった。

その少し前、次女は酷い反抗期に入り、逆に長女とあれをどうしたものかと悲嘆した。

心理学好きが幸いし、運良くアドラー心理学に巡り合えた。


これだった。

フロイトの精神分析、幼い頃の養育歴がいかに現在の人物形成に影響ふるか、いや、それはわかった!じゃ、どうしたらいいのか?というのはずっと疑問だったわけで、

たまたま手に取った本がことごとくアドラーの人が書いた本で、私の指標がやっと見つかった。


次女は家出も辞さないという日、私の渾身の殴り書きA4メッセージ「貴女が出ていってもママは一向に困らない。ただし、貴女の人生のため立ち止まりなさい」

それを残して私は仕事に行った。ここまでだと思い。


一生分泣いたと次女から。

そしてある日、

「私、反抗期終わったから」宣言をした。


なので、遅かった。

長女には十分なアドラーをやってやれなかった。


殆どの趣味のものを持って家を出たはずなのに、日記を置いていった。処分するわけでもなく。


置いていった趣味のものなんかもう捨ててしまえ、と2年(以上)帰ってこなかった元主の部屋を片してしまえ、文句を言われる筋合いもないだろう、と初めて手をつけた。


日記と手帳は取っておこう。

長女という子がいた記憶として。


じいちゃんからのお祝いを渡す機会を儲け、一度だけなんとかじいちゃんに顔を出させて終わりにしよう。


次女はこの間の誕生日、

誕生日おめでとうと送ったら

「生んでくれてありがとう」

と返ってきた。