どんなに悲しいコトがあっても
時間は、記憶を薄れさせてしまう。
この悲しみが癒えぬうちに
お母さんの最期を
書き残しておこうと思います。
5月8日の朝
母は
頭が痛いと言っていたそうです。
常々から
「寝れば治る」
と、
頭が痛くても、お腹が痛くても、
風邪を引いて高熱がでようとも
病院に行くことなく、市販薬さえ滅多にのまない。
そんな母でした。
その頭痛は
しばらくすると、すっかり治ってしまったそうです。
今思えば
その頭痛が予兆でした。
いつも通り家事をこなし、
お庭の花の手入れをして、
夕方には私と長電話をしました。
ごくごく普通の一日。
午後11時
父と一緒に見ていたテレビ番組が終わり、
母はお風呂に入ろうと廊下にでました。
直後、大きな物音。
父が廊下に出ると
そこには母が倒れていました。
「吐きそう、お父さんっ、洗面器っ」
父が慌ててお風呂場から洗面器を持っていくと、
母は倒れたまま、洗面器を抱え込んで
吐いていたそうです。
背中をさする父に
「お父さんっ、気が遠くなってきちゃったよ」
母はそう言って、気を失ってしまいました。
父は廊下の突き当りにある
家の固定電話から救急車を呼びました。
電話をしている間、
気を失ってしまったはずの母が
廊下を這いずり、
電話をする父に向かって、手を伸ばしていたそうです。
「外に出て、救急車を誘導してください。」
そう言われた父は、
自分の足元まで後数センチの所で、
手を伸ばしていた母に
「救急車を呼んでくるから待ってて。」
と言い残し外に出ました。
玄関を出る時、
「お父さん・・・」
と、
母のか細い声が
廊下の奥から聞こえたそうです。
玄関から、母の姿は見えません。
数分後、
父が救急隊員と一緒に家に戻ると、
母の意識はなくなっていました。
父の足元に伸ばした手は、そのままに。
救急隊員からは、
応急処置の仕様がないと言われたそうです。
病院に着き、検査の結果
くも膜下出血と診断されました。
脳内の出血量が多く、治療は不可能。
手の施しようがないと。
そして、
もう意識が戻る可能性はないと。
まもなく脳死と判定され、
延命治療をするかどうか、の選択を迫られます。
父はずっと、
あの時のコトを後悔しています。
母にとっての最期の時、
母は家の廊下で独りぼっちでした。
母は父を呼んでいたのに・・・。
最期の力を振り絞り、
這って父の元へ向かったのに・・・。
母の最期の言葉が聞けなかった。
母に最期の言葉をかけられなかった。
母を独りで逝かせてしまった。
あれが最期になるのなら
母の傍を離れなかったのに。
母が伸ばした手を握っていたのに。
オレは
お母さんを置き去りにした。
父にしてみれば、
まさか逝ってしまうなんて思ってもみなくて
一秒でも早く病院に連れて行きたかったのだと思う。
残された母は、
寂しかっただろう。
悲しかっただろう。
悔しかっただろう。
言いたいコトもあっただろう。
独り寂しく逝ってしまった母。
十字架を背負ってしまった父。
なんて残酷なんだろう。
情報社会の現代で、
固定電話から救急車を呼んだ場合
住所は確認できないのだろうか?
だったら
一人暮らしの人が倒れた時はどうなるの?
旦那さんのお仕事が忙しく、
ほとんど一人暮らし状態の私。
防犯上、
玄関は鍵と、バーロックもかけています。
賃貸なので、
鍵は大家さんがあけてくれるかもしれないけど、
バーロックをかけていたら・・・。
私も
独り寂しく逝くコトになるのかな
そんなことを考えてしまいました。


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