女子レスリング 吉田沙保里選手
現役引退会見(1/10木)の文字起こし。
初めの挨拶 → 代表質問 → 各社記者からの質問 → 終わりの挨拶 の流れ。
引退会見動画:朝日新聞社(youtube)
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●初めの挨拶
「皆さん、こんにちは、吉田沙保里です。本日はお忙しい中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。私、吉田沙保里は、このたび、33年間のレスリング選手生活に区切りをつけることを決断いたしました。自国で開催される東京オリンピックに出場したいという思いと、リオのオリンピックで銀メダルに終わってしまい、たくさんの方にまた金メダルを目指して頑張ってほしいという応援に支えられつつも、日々迷いながらここまで来ました。また、若い選手たちの世界の舞台で活躍する姿を多く見るようになり、女子レスリングを引っ張っていってもらいたいという思いにもなりました。そして、改めて自分自身と向き合ったときに、レスリングはもうすべてやり尽したという思いが強く、引退することを決断いたしました。これまで長い間、現役選手として頑張ってこれたのも、本当にたくさんの方々の応援とサポートがあったからだと思います。本当にありがとうございました」
●代表質問:日本テレビ放送網㈱エビハラさん
――吉田沙保里“選手”、33年間お疲れさまでした。そしてありがとうございました。改めて今、ご挨拶をされてどんなお気持ちでしょうか
「はい、そうですね、3歳から始めたレスリング、33年もやってこれたことに本当に嬉しく思いますし、これまでたくさんの方に応援していただいて、この場を設けさせてもらって、感謝の気持ちを伝えることを出来たので、本当に今ほっとしています」
――この決断をされるまで、今悩まれてそして見つめなおしたというふうにおっしゃいましたが、最終的に決断をされたのはいつ頃だったんでしょうか
「そうですね、リオのオリンピックが終わって、東京オリンピックがある、次は東京オリンピックだということは知っていたので、東京オリンピック出たいなっていう思いもありましたし、先ほど話したように、銀メダルで終わってしまって、リオのオリンピックで、で自分の父が生前引き際は大事だよと、やっぱり勝って終わることが大事だというふうに、ずっと言われていたので、そういったこともありながら、たくさんの方にまた金メダルを目指して東京オリンピックに出てほしいというふうに声をたくさんもらったときに、本当に自分もまた頑張らないといけないのかなと、頑張ろうかなという思いもありながら、すごく迷って、ここまで来たんですけど、ほんとに若い選手たちがほんとに世界で活躍する姿を見ることも多くなって、この子たちに今度バトンタッチしてもいいのかなというふうに思うようになったりとか、練習をしている中でも、本当に若い子たちの勢いも感じましたし、そこはほんとにこうやり尽したなっていう思いもだんだん強くなっていったので、最終的に、昨年ですけど、12月の天皇杯も試合を見たりして、その辺からもう、心は決まりましたね」
――今その12月の天皇杯のお話ありましたが、東京オリンピックの選考会でもありました。吉田沙保里さんは、解説者として放送席からご覧になっていたと思いますが、目の前で伊調馨選手が優勝して東京オリンピックのことに対して口にされました。あの時に吉田さんは、心は動きませんでしたか
「そうですね、私は昔から自分は自分、人は人と、いうことでそういうふうに教えられてきたので、まぁ本当に、自分自身はやり尽したと、もうやり切ったという思いの方が強かったので、そういうふうに心は動かなかったですけど、伊調馨選手、本当に素晴らしい選手で、共にここまでずっと仲間として頑張ってきたので、東京オリンピックを目指すというふうに、馨の口から聞いたときに、本当にすごいなというふうに、率直に思いました」
――吉田沙保里選手として数々の功績、成績も残されました。もう数限りないですので、挙げたらもうキリがありませんが、一つだけ、2012年のロンドンオリンピックで3連覇を成し遂げられました。あの時は直前のワールドカップで吉田さんが敗れて、周囲はですね、本当に吉田は金メダルをとれるのかと、いうような空気もありました。ただ見事に跳ね除けて、3連覇をされて、やっぱり吉田は強かったなというそんなロンドンオリンピックでございました。であの時吉田さんは、勝ったらお父さんを肩車するんだとおっしゃって、見事にその約束を果たされました。そのお父様の栄勝さんにはどう報告されたんでしょうか
「そうですね、えーまぁ本当に、引退会見とか、するというふうな感じでは、自分の父はずっと思ってなかったので、こう、まぁびっくりはしてるとは思うんですけど、でもこういう形で、皆さん、応援してくださった国民の皆さん、ファンの皆さんに感謝の気持ちを伝えることはすごい大切なことだと思うので、この場を設けさせていただいたんですけど、本当に、よく頑張ったというふうに、天国の方から言ってくれてると思います」
――ぜひ、吉田沙保里さんの次の夢を教えていただけますでしょうか
「そうですねぇ、次の夢、まぁいろいろ、あのーありますけど、まぁあるっていうか、そうですね、レスリング一筋でここまで来たので、レスリング以外のこともまたやっていきたいなという思いはすごい強いですし、やっぱり、女性としての幸せというのは絶対に掴みたいなというふうに思ってますので、夢と言ったらそういうふうになるかもしれないですけど、来年の東京オリンピックがもちろんありますので、そこでやっぱり自国開催ということで、盛り上げていけたらいいなという思いも強いです」
――その東京オリンピックに関しては、具体的に現時点でどう関わっていきたいっていう思いはございますか
「そうですね今東京オリンピックに向けて、全日本も、コーチたち本当に頑張っていますし、選手たちももちろん頑張っているので、私も、精神的な支えになったらいいなというふうに思っています」
――最後に吉田沙保里選手にとって、レスリングとは何でしょうか
「そうですね、人生の一つですね。やっぱりレスリングがなかったらここまで私もなれなかったですし、こうやってたくさんの方に出会うこともなかったですし、本当にレスリングを通していろんなことを学べた、でいろんな人と出会えた、本当にレスリングのおかげだと思っています」
――ありがとうございました
「ありがとうございました」
――代表質問以上です
●その他の各社記者からの質問
――NHKのシミズと申します。吉田選手お疲れさまでした
「ありがとうございます」
――今後のことについて、東京オリンピックに向けて頑張っている選手たちの支えになれたらというふうなお言葉ありましたけれども、吉田選手いま兼任でコーチもナショナルチームでもされていると思いますが、今後指導者としての道というのはどういうふうに考えていらっしゃるでしょうか
「そうですね、コーチ陣はたくさん、コーチの人たちはたくさんいますので、その中でも、特に精神的な支えを出来たらいいかなというふうに私は思っています」
――ナショナルのコーチは続けられるということでしょうか
「そうですね、はい、続けていきます」
――全日本のセコンドに是非入ってほしいというような声も関係者の方から聞かれていますが、その辺りはどんなふうに考えていらっしゃいますか
「そうですね、コーチとしての、私は経験が全然なくてですね、今まで頑張ってこられたコーチもたくさんいますし、迷惑をかけない程度に、協力出来たらいいなっていうふうに思っています」
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――報道ステーションの竹内由恵と申します。よろしくお願いします。最後のオリンピックとなったリオオリンピックで戦ったのが、吉田選手にあこがれ続けてきたというヘレン選手ですが、どんな印象を持っているのか教えていただきたいのと、東京オリンピックは打倒ヘレン、金メダル奪還という意味合いも持つと思うんですけれども、後輩にはどのようなことを期待したいでしょうか
「はい、そうですね、えーヘレン選手とはリオのオリンピックの決勝戦であたる前から何度か試合をしてるんですけど、4年ぶりくらいにリオの決勝であたって、それまでほんとに、私のアテネの戦いを見て、私が吉田沙保里を倒すっていうふうに言ってこう目標としてきたっていうのをマスコミの方から聞きまして、で私は絶対倒されないぞって思いながら、ずっとこうなんとか戦ってたんですけど、リオの決勝戦ではほんとに4年ぶりに戦って、それまでこう、ホール勝ちとかテクニカルホール勝ちで結構こう大差で勝ってたので、あっヘレンが決勝に上がってきたんだっていうふうな思いがあって。で組んだ瞬間ですねもう、圧力と勢いが本当にすごくて、私も4連覇したいっていう気持ちが強かったんですけど、その時はやっぱりヘレンの方が勝ちたい、どうしても私を倒したいっていう思いが強かったのかなというふうに思います。とても素晴らしい選手で、本当に強くなったなっていうふうに、あの時は強いっていうふうに、感じましたね。東京オリンピックに向けて、またヘレン選手も東京オリンピックに出てくると思うんですけど、階級はどうなるか分からないですけど、まあやっぱり、えー日本選手にやっぱり勝ってほしいっていうのはありますね、はい。なので、どういう戦いを見せてくれるかすごく楽しみにしています」
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――フジテレビのウチノと申します。お疲れさまでした。吉田さんはそれこそ多くの著名人やアスリートの方と交流があると思うんですけれども、長く現役生活を続けるうえで、レスリング選手以外でこの人に影響を受けた、刺激を受けたという方がいれば、エピソードともに教えていただきたいです
「はい。そうですね、私がオリンピックに出たいと思ったきっかけの選手が、柔道のヤワラちゃんと言われた谷亮子選手でした。谷亮子選手に憧れて、私も中1、中2くらいから、オリンピックに出て、金メダルをとりたいという夢を持ちだしまして、そこからですね、ずっと、オリンピック、まだ正式種目になってないのに、オリンピックに出たいという思いを持ってまして、私が大学ちょうど1年生になったころですかね、春くらいに、アテネオリンピック、2004年のアテネオリンピックから正式採用、女子レスリング正式採用ということで決まりまして、で出るために、必死になっていました。そこから本当に憧れた選手はほんとにヤワラちゃんだけかなという感じで、でもほかに素晴らしい選手もたくさんいるんですけど、本当に私のきっかけとなった、オリンピックに出場したいと思わせてくれた選手が、ヤワラちゃんだったので、そのアテネオリンピックで初めて谷亮子選手とお会いすることが出来て、金メダルを手に取って見せてもらった瞬間は本当に、もう嬉しくて、夢が叶ったっていう感じで、いましたね」
――その時はどんなことを会話されたんでしょうか
「谷亮子選手は初日に試合が終わって金メダルをとられたので、私が押しかけてですね、選手村の部屋に押しかけて行ったんですけど、その時に、金メダルを見せてもらって、写真も一緒にとってもらったんですけど、私はずっと谷亮子選手に憧れてって、私もオリンピックを目指して頑張って来ましたっていうふうに、今日ここでお会いできて嬉しかったですっていう言葉をかけたら、知ってくれてて、で、なんか話で聞いたことあるよっていうことを言ってくれて、頑張ってねって、これ金メダルって言って、見せていただいたので、それがパワーに変わって、背中を教えてもらえたっていう気がします」
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――ニコニコ動画の七尾と申します。よろしくお願いします。今の、谷亮子さんのお話が出たんですが、今年は参議院選挙がございます。吉田選手は引退されたということで、各政党から出馬要請が来る可能性が高いと言われております。谷亮子さんもその後政界に転出されました。吉田選手は政治に関してご関心はおありでしょうか
「いえ、私は全くございません、はい」
――そうしましたら要請があってもお断りするという…
「はい、そうですね」
――あ、そうですか、分かりました、ありがとうございます。それとですね、…
※質問を続けようとしたが司会に“質問は一回まで”と注意あり(会見冒頭に注意されていた)
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――東海テレビのイカイ(?)と申します。本当に長い間、現役生活お疲れさまでした。先ほどお父様のお話もあったかと思うんですが、地元の放送局として、大学入学された以降の吉田さんを取材させていただいている中で、やはり吉田さんを語るうえで、栄元監督も外せないとは思うんですけれども、吉田選手にとってどんな存在だったかということと、あと引退を決めた時にご報告をされたか、そしてどんなことを言われたか、ということを教えていただけたらなと。お願いします
「はい。そうですね、3歳からは自分の父親、父に、高校までですね、育てていただいて、大学に入ると同時に、栄監督と出会いまして、えー、まぁあのー、本当にここまで私を世界で戦える、そして世界活躍できる選手に育ててくれたのは、栄監督だと私は思っています。本当に情熱ある指導者で、自分の時間を割いてでも、本当に選手を一番に考えてくれる、本当に熱い指導者なので、本当に私は本当に感謝の気持ちでいっぱいですし、ここまで、育ててくれて、今までありがとうございましたという、強い思いがあります。引退すると決めた時に、監督に言った時には、そっか、ということで、ご苦労さんということを、言葉をかけていただきましたし、その言葉を言ったと同時に、なんか、俺が泣きそうだよというふうに、涙もろいところもあるので、そういった部分もありましたけど、本当に私はここまで育てていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです」
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――日本テレビのトクシマです。吉田選手本当にお疲れさまでした、ありがとうございました。引退を表明されたツイートには、17個のメダルが写った写真が一緒に載っていました。もちろんどれも印象深いものだと思うんですけれども、1つ、一番印象に残っているものを挙げるとすれば、どのメダルになりますか
「えーそうですね…んー難しいですね。でも、本当に2002年の世界選手権からスタートしまして、この、16年のリオのオリンピックまで、世界の舞台で活躍することができたんですけど、どれも本当に印象に残っているのは印象に残っています。でも、最後のやっぱりリオのオリンピック、一番近いというのもあるかもしれないんですけど、負けた試合でも、本当に負けた人の気持ちがよく分かった大会になりまして、今まで世界V16、リオの前までは、世界V16で一番高い表彰台にのぼっていて、あーやったー、勝てて良かったっていうふうに、嬉しいっていう気持ちしかなかったところが、このリオのオリンピックで初めて2番目の表彰台にのぼったときに、あっ負けた人ってこういう気持ちだったんだなっていうことを私は感じましたし、こうやって戦う仲間がいたから、今まで頑張ってこれたんだなっていうふうに、競い合う仲間がいたからこうやって頑張ってこれたんだっていうことも、負けて知ることが出来たので、本当に負けて得るもの、負けて知るものっていうことを思えば、すごく大きかったなって、私自身にも成長させてくれたなっていうふうに思いますので、やっぱりリオのオリンピックの銀メダルが、私的には一番成長させてくれたんじゃないかなというふうに、思い出に残っています」
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――NHKニュース7のタカイと申します。吉田さん33年間本当にお疲れさまでした。今のお話にもありましたが、リオ大会の後の涙というのがですね、私たち非常に印象に残っております。お母さまがその時におっしゃったコメントがですね、「霊長類最強と言われていても私の可愛い娘、立派な銀メダルで娘を誇りに思います」というコメントが非常に印象に残っているんですが、お母さまとは今回の引退についてどんな話をされたのでしょうか。そして改めてメッセージをお願いします
「はい、そうですね、母に伝えた時に、母は、“あなたが決めたことだから、それでいいと思うよ”と、“本当にご苦労さま”ということを、声をかけていただきました。なんでも話し合える、本当に姉妹みたいな感じの母なので、なんでも相談するんですけど、涙もなく笑顔でそういうふうに話せたことをすごく嬉しく思います」
――笑顔でお話ができた
「そうですね、はい、私はすべてやり尽したということを言いました」
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――朝日新聞の三重県の津総局から来ましたヒロベ(?)と申します。吉田選手33年間、お疲れさまでした。吉田選手の故郷津市にはサオリーナという施設もオープンして、吉田選手も地元でレスリングの普及にも務めてきて、三重県の方からも応援をたくさんいただいたと思うんですけれども、改めて故郷三重県への思い、応援してくれた地元の方へのメッセージみたいなものがあればお願いいたします
「はい、そうですね、18年間、三重県で、実家の方でレスリングをずーっと続けていく中で、本当に地元の皆さんの応援というのは私の大きな励みになりましたし、また背中を押していただけて、頑張ることが出来ました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。優勝するたびに故郷に帰ると、たくさんの方が声をかけてくれて、よく頑張ったねというふうに本当に皆さんが親戚のような感じで接してくれるので、そこは本当に私は嬉しく思っていました。本当に今まで応援していただいて、ありがとうございました」
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――フジテレビのクラタと申します。本当にお疲れさまでした。リオで最後悔し涙を流したあの戦いのレスリングのマット、自分を一から支えてくれて、成長させてくれたそのマットに一番最後に立ったのはいつだったのか、そしてそのマットに、何かこう自分なりのお別れをもし告げたのであれば教えていただきたいですし、これから何か、こういう形で戦いの舞台、慣れ親しんだマットにお別れを告げよう、そんな考えがあれば教えてください
「そうですね、えーまだ、別れは告げてないですね。はい。後輩たちと今練習を出来るとき練習はしてますので、そういったところで、別れを告げることは今してなかったので、あれですけど、現役選手として、しっかりね、マットにお別れを告げないといけないかなというふうにも思ってますし、まぁでも、これからまだまだ、共に汗を流して、後輩たちと、汗を流していくと思いますので、まだ告げることもないかなと思いながら、頑張っていきたいと思います」
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――CBCテレビのイッポウの大石と申します。33年間、本当にお疲れさまでした。今の女子レスリング界があるのは吉田沙保里選手のおかげだと、僕は取材しながら常日頃思っていました。ところが昨年ですね、女子レスリング界、揺れました。その時に吉田選手はどんな思いでいたのか、そしてこれからの女子レスリング界を、吉田選手はどのように引っ張っていきたいと思っていますか
「はい、そうですね、私をここまで世界で活躍する選手に育ててくれた栄監督と、今まで共に頑張ってきた仲間が、昨年のああいう状況になってしまったことは本当にショックでした。えーまぁ、私は本当にこう、まぁ真実ではない、報道も、あったかもしれないんですけど、そういうふうな中で、コメントすることはすごく難しかったです。まぁでも…こういうふうに、なってしまって、これからどうしていくんだろうというふうな思いも強かったですし、言えば、若い、いま後輩たちが、それに悩まされて、思いっきり練習できなかったり、試合で結果が出せなかったりっていう部分も、あったところが一番辛かったですね。でもまぁ、もう、次に向かって、頑張っていくしかないと思いますので、前を見て、東京オリンピックに向けて、一つになって、頑張っていかないといけないかなというふうに、思っています」
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――TOKYO MX NEWSの有馬と申します。まずは選手生活どうもお疲れさまでした。改めてですね、これまで多くの結果を残してきた中で、ご自身が考える吉田沙保里という選手の強さ、強み、というのは何だったか、それと、常に周囲から評価されるその内容と、ご自身の思いに、一致しない部分とか、違いがあったのかというのをお聞かせください
「そうですね、やっぱり、攻める、タックルで攻めるっていうのが、私の中では一番の強みでしたし、自信を持っていたところです。それはもう、小さい時から父に叩き込まれたタックルというのを信じて、これまでずっとそのタックルで相手を倒してきたので、絶対的に自信を持っていました。期待されてる部分はすごく感じましたけど、その期待がすごく私はパワーになったり、期待されている分、頑張らないとっていうふうに、皆さんのその声援、応援が、力に変えて頑張れてたので、そこは、違いがそんなになかったかなというふうに、はい、それに応えるだけだと思って頑張っていました」
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――ゲイレポーターの酒井佑人と申します。よろしくお願いします。日本人プロレスラーで、初めて性同一障害であることを公にした朱崇花さんですけれども、その方についてのご感想と、あとは、日本のLGBTについてどのようにお考えなのかっていうことと、あとは、それに関連して、ご結婚のご予定っていうのはありますでしょうか。よろしくお願いします。
「最初の2つはちょっとあんまりよく分からない…」
※司会から質問は一回までと再度注意
――ご結婚の予定はありますでしょうか。
「あ、ないです、はい」
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――朝日小学生新聞のマエダと申します。お疲れさまでした。子供向けの媒体なんですが、吉田選手を目指して、多くの子供たちがレスリングとか目指したりとか他のこととかも目指してると思うんですけれども、改めて吉田選手が夢とか目標に向かってる子供たちに、自分の経験を通してメッセージをいただけたら幸いです。よろしくお願いします
「はい。そうですね、えー、まぁやっぱり、今目標と夢っていうふうに言ってましたけど、やっぱり目標と夢は絶対に作って、あってほしいですね。で、最後まで諦めない気持ち、頑張り続ける気持ちっていうのを大切にして、あとはもう、指導者の言うことを素直に聞いて、それに向かって、目標に向かって頑張るのみだと思いますので、みんなに、小っちゃい子たちに頑張ってほしいなというふうに思います」
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――スポーツライターの??(聞き取れず)と言いますけども、33年間お疲れさまでした。長い長い現役生活の中でですね、最後に会心のタックルを決めることが出来たのは、誰との試合だったか、その時の感触を教えていただけますか
「えーなんですかね、ちょっと記憶にないですタックルしすぎて、(会場笑)、会心のタックル…誰ですかねぇ…でも、まぁヘレン選手が最後に戦った選手ですけど、会心のタックルは出来なかったので、その前の選手ですかね」
――準決勝ですかね(笑)
「準決勝かもしれないです(笑)」
――はい(笑)、分かりました、ありがとうございます(笑)
「すいません(笑)」
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――TBSアナウンサーの国山と申します。本当にこれまでお疲れさまでしたありがとうございました。先ほどから今後のお話しも少し出ていますけども、キャスターなど含めて、今後、新たにチャレンジしたいことなどがあれば、教えてください
「はい、そうですねー…、まぁでも、私は結構バラエティというかそういうのが好きで(笑)、結構こうテレビにも出させていただいているんですけど、本当にこうお笑いというか、笑いをこう、ずっと、とにかく笑って笑顔でいることが好きなので、まぁキャスターというよりも、そういうふうなバラエティの方が、私は向いて…自分で向いているのかなとは思いますね。はい、でも、いろんなことに挑戦できたらなという思いもありますし、はい、まぁ、何かありましたらよろしくお願いします(会場笑)」
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――三重テレビのフカダと申します。33年間お疲れさまでした。オリンピックの正式種目になっていないときから、いつか絶対種目になるんだというふうにお父さんと一緒に頑張ってこられましたが、それでずっと続けてこられましたけど、何度も泣くこともあったり、涙を流すことがあったり、やめたいと思ったこともあったと思いますが、これからは何に勝ち続けて何に負けないようにして進んでいこうと思われますか
「はい、そうですね、昔から大変お世話になりました。えー、まぁ、何に向かって、そうですね、自分のやっぱりやりたいことを一番大事にしながら、でも、自分の父は、人には迷惑を絶対かけるなという言葉をずっと常に、日頃言ってましたので、人には迷惑をかけない程度に、自分のやりたいことをやりながら、見つけながら、頑張っていけたらいいなというふうに、思います」
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――France10の及川健二と申します。お疲れさまでした。芸人の江頭2:50さんがずっと吉田沙保里さんのことを追っかけしていましたが、吉田さんは江頭さんのことを意識されていたんでしょうか(会場笑)
「意識(笑)えーそうですね、えー、毎回オリンピックの会場で、映像を見たときにですね、後ろに全身金のタイツを履かれていたりとか、何かしらこう目立つ格好をされてたので、私も気にしながら見てましたけど、もちろん戦っているときは全然気にはならなかったんですけど(笑)、終わって映像を見た時に、あっ江頭さんまた今回も会場まで来て、応援に来てくれてたんだということを改めて知って、本当に嬉しく思いましたし、遠いところまで足を運んでいただけて、本当に感謝しています。でも意識っていうのはあんまりしてなかったですかね(笑)。でも北京オリンピックの時か、前にレスリング道場まで来ていただいたのは覚えてますね。なのですごく応援していただいているんだなということをそこで改めて知ることができましたね」
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――テレビ朝日のハシモトです。選手生活お疲れさまでした。吉田選手が引退された後、若手の選手たちの精神的支えになりたいというお話ありましたけれども、吉田さんの後継者としては誰を指名される予定ですか
「そうですねぇ…まぁでも、たくさん、いますね。あのー、うちの道場の、奥野春菜っていう選手もいますし、この間53キロ級で優勝した向田真優選手っていうのもいますし、まぁ自分の階級では、はい、えーまぁ、そういった選手、他にも選手いますけど、になるのかなとは思います。あとは50キロ級で、すごい私を尊敬してくれている、登坂絵莉選手や、もいますし、本当にいろんな選手、頑張っていますので、どの選手が代表になるか分かりませんけど、みんなで頑張っていけたらなというふうに思います」
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――共同通信のシロヤマ(?)と申します。33年間お疲れさまでした。吉田さんはロンドン五輪で旗手、リオで選手団の主将と、オリンピックの顔としても活躍されてきましたけれども、4度出たオリンピックは、ご自身にとってどういうものでしたかというのを改めて聞かせてください
「はい、そうですね、夢の舞台であるオリンピックに4度も出場することが出来て、自分の父はオリンピックを目指して出れなかったので、そして兄たちもオリンピックを目指していましたけど、出れなくて、私が4度も出させていただけたことに本当に嬉しく思いますし、それも本当に家族の応援、支えが、またこういうふうに夢を大きく、強く持たせてくれたので、頑張れたのかなというふうに思います。その4回の中でいろんなことを得ることが出来ましたし、いろんな人と出会うことが出来て、オリンピックで活躍することが出来たから、今の私があるのかなというふうに思います」
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――時事通信のスズキと申します。お疲れさまでした。やり尽したということで引退理由をおっしゃってましたけども、復帰を目指してる中で、自分の体力の衰えとか、技のキレの衰えとか、そういうことを感じたことはあったんでしょうか
「そうですね、えーまぁ、あのー体力的には、そんなに、落ちたかなという感じはなかったんですけど、でもまぁ、歳をとるにつれて、だんだん、体力は落ちてきたり衰えたりはしている中で、本気になったらっていう思いはあったんですけど、やっぱり気持ちの部分が、もう、追いつかない状態で、やり尽したなという思いの方が強くなっていたので、えー、はい、決めました」
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――TBSテレビ、ビビッドの赤荻と申します。33年間本当にお疲れさまでした。言葉について伺いたいんですけれども、最初に引退の思いを告げた人はどなたで、どんな言葉で伝えたのか、そして、33年間、吉田選手を支えてきた言葉、大切にしてきた言葉というのは、何だったんでしょうか
「はい。そうですね、最初に伝えたのは母ですかね。引退することに決めましたということで、先ほど話したように、ご苦労さんと、あなたが決めたことなんだから、ということで、言ってもらいました。ずっと大事にしてきた言葉、「夢追人」、夢を追う人でありたい、そして、皆さんにも伝えれるように夢を追う人であってほしいと、いうことで、夢追人という言葉をずっと大事にしながら来ましたね」
●終わりの挨拶
「みなさん、本日は本当にありがとうございました。今まで本当にこう、レスリングを初めて、マスコミの方に私吉田沙保里を取材していただいて、たくさんの報道をしていただいて、知ってもらうことが出来ましたし、皆さんのおかげで、また、レスリングを盛り上げていただけること、そして、レスリングを知っていただけることが出来ました。これも本当に報道陣の皆さんのおかげだと感謝しています。そして、今まで私吉田沙保里を応援してくださった、国民の皆さん、ファンの皆さん、本当にありがとうございました。また、第二の人生を明るく、笑顔で、元気に、頑張っていきたいと思いますので、次の吉田沙保里も応援していただけたら嬉しいです。本当に今日はありがとうございました」
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吉田沙保里引退会見【全文】 結婚、参院選出馬も「なし」伊調パワハラ問題は「辛かった」(AERA)
【吉田沙保里さん引退会見 全文(1)】若手の勢い感じた…「バトンタッチしていいのかなって」(スポニチ)
【吉田沙保里さん引退会見 全文(2)】次の夢は「女性の幸せも絶対つかみたい」 東京五輪は精神的支えに(スポニチ)
【吉田沙保里さん引退会見 全文(3)】ヤワラちゃんに憧れも…政界進出は「全くございません」(スポニチ)
【吉田沙保里さん引退会見 全文(4)】恩師・栄氏に感謝 パワハラ問題は「本当にショック」(スポニチ)
【吉田沙保里さん引退会見 全文(5)】珍質問にも神対応 “追っかけ”江頭2:50に「感謝」(スポニチ)
「五輪では選手の支えに」=レスリングの吉田沙保里さんとの一問一答(時事通信)
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吉田沙保里選手、現役生活お疲れさまでした。
終始笑顔で穏やかな会見で、真面目な質問にも変わった質問にも自然で素直に対応していて、聞いていて気持ちが良かった。
最後の挨拶の『今まで私吉田沙保里を応援してくださった、国民の皆さん、ファンの皆さん、本当にありがとうございました』の言葉を聞いて、“国民”の期待を背負ってたたかうって、すごいよなぁ、と改めて思ったりした。本当に、お疲れさまでした。
質問の本題に入る前の枕詞が、記事だとカットされてしまうのが少しもったいないとか思ったりする。
かと言って本当に全文言を書き起こしてたらとっても読みにくくなってしまうけど。このブログがまさにそう(笑)