別にもう、人のことなど意識せずに、ひたすら自分のために書けばいいのに・・・・ブログ再開で、この間のことをちょっと順序を意識して書こうかと思っていたが、それをやりはじめると、やはり疲れる。。。
だから、とにかく、「いま」と、この間(先のブログにも書いたが)に失った様々なことを通しての「今」(といっても一瞬じゃない)を書きたい。
それは、まだまだ続くから。 それだけ、今の生活は、以前と比べれば、あまりに変化のない、緊張感も伸びた輪ゴムのようになっているような有様だから・・・
「失ったもの」は、先の3つだけじゃない。
実は、去年の3月末で、「働いて報酬をもらう仕事」を全て辞めたことも、実は大きい。もちろん自分の意思で辞めたことではあるが、それまで(少なくとも還暦前までは)、「まあ、今の世間並みに、65までは働きたい」と思っていた。
いや、もっと今は、「シルバー人材」なんちゃらもけっこう強いようで、「70までは健康なうちは、働けるうちは・仕事があるなら」、老齢年金受け取り延長しながらでも働くことが、「ふつう」になっているよう。
だけど・・・・(このことについては、私の仕事の内容に関することなので、いつか書きたい……今度は……)
とにかく、現在65になったが、64になる前に仕事を辞めたことは、ちょうど今も続く「コロナ禍」と重なっていることも無関係ではない。
つまり、長引く「コロナ禍」自体、私たちの、世界中の人間にとって、これほど、ひとつの特定されるウィルスの感染爆発で、世界中に、時差はあっても広がり続けることで、全ての、と言って良いほど、個々の人間にとって、様々な「変化」をもたらすことは、これまであったろうか…
その「変化」って、やはり、「喪失」なんだと思う。
「喪失」って、決して、今まで持っていたものを何かのきっかけで失うとうことだけではなく、 たとえば、「夢や希望」のように、今はまだ手に入れてない・叶えられていないモノでも、状態が一変することで、その「夢や希望」すら持てなくなる=失う、ということでもある。
これだけでも、人それぞれの違いはあっても、「喪失体験(感覚)」によって、その後、……今の「わたし」の有様は、安易には語れないものがあると思う。
わたしの場合、それは恐ろしいほどに心身にダメージを与えてきた。
それが一番わかりやすかったのは、自分でも否定できない「糖尿病」という「慢性疾患」だった。 これ、もう一生100%回復は……ないのだ。
だから、最初からもう「諦めろ!!!!」と否応なく宣言されたようなもの。だけど、そいつともう2年間つき合ってきたことが、それまで、ベンゾ離脱症状や、仕事人間のように実に狂った生き方をしてきた私の、人生そのものを 見直せよ!!!!! 向き合えよ!!!!
人のことばっかりかまってんじゃねぇ~~!!!
って、頭も心身もボコボコにされてきた1年が前半だったように思う。
そして、次の1年の前半は、「最後の引っ越し」かな・・・・
とにかく、失ってきただらけ、失うモノだらけだと実感してきたけど、
けっこう 新たに、ほんとに「気づくこと」「気づかされること」が
少なくない、という事実、実感もあることを、やっと味わうことがあるかな・・・・
だから、「1日」を振り返ると、ほんとに何の生産性も無く、まさに1日を
時間を浪費して、ああ、今日も一日終わってしまった・・・・の連続ではあるのです。。。
だけど、かつての生き方を真逆なだけに、
なんか、おもしろさも感じてはいるのです。。。。
ぁ~
