なんの喜びもないまま 無感情のような感覚で

迎えた6/19の誕生日だった。

 

だけど、この数ヶ月間、ブログの更新が止まってから、しばらくはなんとも思わなかったが、この「64歳」の節目を意識したときに、

何かひとつでも、その前とは違う何かを記したかった。

 

この間も、(他のフォロワーさんにとっては申し訳ないが)ほとんど人のブログは見なかった中で、「どんぐりころころ」さんの これでもかこれでもかという感じさえ伝わってくる言葉だけが ずっとずっと残っていた

もう全身でもがくように この手を話したら もう消えてしまうのではないかと

 

それに、このアメブロは、ここだけが、私の「離脱症状」のことを

ありのままに書ける場であり、Twitterのように 何かおかしなことをtweetしたら 「いいね」がパタッと止まって ドン引きされるようなこともない(一部はあるだろけど…)

 

以前書いたように、このアメブロだって、初めからこんなんじゃなかった。でも、その経緯もすでに書いていたから、やっぱりこの今の感覚も、私次第でいつでもまた書き始められるということもわかっていた。

 

そして、もう一つは、わたしの場合「何かを書かないと・書いておかないと」 本当に、何もなかったことになってしまう。 そんな私なんてどこにもいなかったようになってしまうという 一番恐ろしい感覚がずっとあったから、

 

これから とにかく また書く

そして、これまでに書かなかったことも書く

ある意味、「負の歴史」のようなことも、今の私自身が「後悔」という積み荷しか乗せてないかのような「航海」……沈みそう・・・・でなら

なおのこと

 

「加齢」✕「離脱症状」で、いったい私の「老化」はどれだけ進んでしまったのか・・・・・

目も濁ってしまっている 見たくないほど・・・・

様々な「身体障害」や、他の薬物(化学物質等)による「薬害」も

共通して 様々な「神経障害」があるのも、知っていたが

ほんとうに、今の私のこんな感じかもしれないという(実際はそんなもんじゃないだろうけど…) ちょっとでも、そんな社会が認めている様々な被害者の人たちの症状を ちょっとだけでも、近づけているかなぁ…

ということも、思ったこともあった。

 

これまで私は 「ハンセン病」や「HIV/AIDS」の患者さんにも出会ってきた。そして、現在の統合失調症を代表とする「精神障害者」と呼ばれる人たちにも関わってきていた。

 

そんな いかにも自分は「支援者」の側にいるんだ みたいな傲慢な思いではなく、 ついに「ベンゾ薬害」の被害者でもあると 思いたいが、

現実はまだまだ ほとんど今の社会はその存在さえ認めようとはしない。

精神科医はもちろん、他の医師も、

そして、本来人権擁護をすべき「ソーシャルワーカー」でさえ、知らないし 知ろうともしない現実も 私は知っている。

 

そのことについても、ここに書きたい

 

ほとんど 恨み辛みと 自分自身への自虐的な内容が続くかもしれないが、可能な限り吐き出しておかないと また元にもどってしまうかもしれない

 

だから、

 

この文章もおかしいわ・・・・・・・・・

クソッ