子どもの頃(親といっしょに暮らしていた頃⇒実際は19年間)、

やはり私は 自分の気持ちや意見を そのまま人に伝えること、言葉で言い表すことは

苦手だったと思う。 というか、「苦手」とかいうよりも、そもそも自分でそれを実践したという

記憶がない。。。。

 

むしろ、人の意向を そのままそれが自分の「すべきこと」ととらえて

次々にそれを実践していくことが そのまま私の生活 生きる道になっていったのだと思う。

 

私の自己表現なんて、 身近なおとなたちが喜ぶようなことばかりだったと思う。

あえて 私のオリジナルがあるとすれば、 それは 身近な大人を笑わせるための

へんなことをすることくらいだろうか。。。。 変な顔をしたり(特に、決まって写真を撮られるときは

たぶん、自然な表情などしなかったと思う・・・・自然な顔・・・・・それってなに?…かもしれない)

 だから、それを場違いにやってしまうと、逆効果になる・・・・・

 

 あるとき、あれは私が 幼稚園か 小学校ならば低学年ころのことか

めずらしく 働き蜂の父親が(戦争世代で、あの高度成長期を生き抜いていた父親)、

家にいた。。。。(そのことの意味が わかってなかったのだと思う。。。)

しかも、布団に入っていて 寝ていたのか・・・・・

 

そんな状況で、私は 父親に向かって 例の「変な顔」をしたようだ・・・・

それを見た父親は いきなり カッとして 私に向かってきたので

やっと状況をわかった(というか 父親の怒りの反応を察知して)私は

母親に助けを求めて逃げると 母親が私をかばってくれたこと  を覚えている、今でも。。。

 決して、今でも 亡き父親が 別に恐ろしいとか 怒ってばかりという印象はないけど

(そもそも、 仕事ばかりの父親とは すれちがいでしかなかった。。。怒られる場面など…)

 

つまり、 私はいつも ありのままの私ではなく 周囲の意向(といっても、その基準はしょせん

私が勝手に思い込んでいた程度の基準=今なら”マイルール”でしかなかった)を察知し、

先取りし 「言われなくても~する子」となり、いつのまにか「良い子」「優等生」ができあがっていた。。。

 

でも、そんな 身近な大人によって作られ そのうち自らもそれを作り(強化し)

いつのまにか 「そういう人」になっていく

それって 張り子? 操り人形?  そう書いていつも思うのは

あの映画「オズの魔法使い」で出てくる 「脳みそのないかかし」か「臆病なライオン」?

そう、主人公のドロシーこそが、ありのままの「子ども」なんだろうな。。。。

(と言っても、、ドロシー役のジュディーガーランドはその後、依存症に苦悩したはず…。。。)

 

と、こんなふうに 今の私は 自分の生い立ちを振り返って そんな子どもだったと

冷静に見直すことができるけど、 だから今の私は 気づいてしまった私は

あとからあとから 言葉があふれ出てくるのかもしれない。。。。。。。。。。。。。。。。

 

だけど、そんなこと、 今 この年でやたらにやってしまったら??????????

ダメでしょ  この極端さがまた 生きづらさになっていくんだな。。。。

 

じゃあこの間 長い長い間、 気づけそうで気づけなかった 気づくことがあったけど

それを 表面的な気づきを 自分のために向き合えなかった  できなかったセルフケア・・・

それをさせなかったのは やはり 30年 40年たっても、

自分の奥の奥の奥に 居座っている 「こうあるべき自分」「求められる自分」が

ドロドロになっても カチカチになっても 居座って ずっとずっと支配してきたのかもしれない

自分で自分を制御し 縛ってきた  そして それに反発するかのように

反動として 怒りで 周囲に自分の感情を 実にわかりにくく 吐き出すように 

まきちらしてきた

 

訳のわからない怒りの奥には  悲しみや 喪失や 見捨てられ感があるということを

知らされたのは 「アスク」の水澤先生のセミナーだったっけ。。。。。。。。。。。。。。。。

 

でも、おかしなプライドやちょっとばかりの知能は 賢さは おかしな知識といっしょになって

実は 自分を誤魔化す能力に変わり わかってないのにわかったふりをすることばかりに

長けてくる 誰も観客のいない劇場で 一人芝居をずっとしているかのように・・・・

 

そう、気づいたら だれも観客などいなかったのだ。。。。。。。。。

 

「発達障害」って 診断名ではなく そんな視点 そんな発想 そんな概念があることを知ってから  それを入り口に 自分を見たときに いろんなことに気づくチケットのようになった

そこからか 取説の必要を知る それはそのまま 自分を知る旅の入場券?

だけど 人生半分とっくに過ぎている今 エネルギーが パワーが出てこない

気づくこと ほんとうに知ってしまったとき

これが20代 30代 40代くらいだったら、 なんとかなったかなぁ

 

薬で誤魔化すことは たんに気持ちの問題じゃなく 肉体をも蝕む

無くしたものは あまりに大きい

 

このブログなかったら いったい どこでどう 自分を出せるのだろうか。。。。。