もう冬は終わりかなと思っていたが、タイヤ交換はもう少し先かな…

地元の朝はもう氷点下になることはなくなったけど、

昨日ついに雪が降った。。。大風もいっしょに。。。。

でも予想通り、屋根に少し積もったくらいで、他はじきにとけた。

 

相変わらず、気候(天気や気温、気圧…)で身体状況が左右される

まあ、それは元々は向精神薬服用前だってあったが、

やはり 過剰に 過敏になっているのは確か

身体が 脳が 神経が 勝手に?反応して

「持ち主」が隠そうにも隠せないほど 好き勝手にはしゃいでる。。。

 

断薬2年目の終わり頃の現実は

そんな 神経系暴走がメインかもしれない

元々、「~でないふりをする」のが得意で生きてきた私

それはもう 幼い頃からの 得意技だったからなぁ・・・・・・・・・・・・

だから そもそもの私自身が 外界の様々な刺激に対して

私自身が そのまんま感じて 反応して生活するということを

無意識か まわりの環境に私の認知がおかしな判断をして

(⇒ たとえば、泣いてもいいのに、泣かないとか…)

「~でないふりをする」ことが 私の生き方になっていたかな

まわりの人間にとっての「わたし」であって

わたしのためのわたし を生きてこなかった

そんな「土台」を 長年形成してきた わたし

 

だから そんなわたしが これまた 誰のためだか

勝手に判断して ベンゾ眠剤で さらに わたしをおかしくしてきた

「離脱症状」っていう言葉も なんだかもう

どうでもいいようになってきた感じ

だって、それを自分で日々チェックすることも

私の認知能力の習慣でしかないのかもしれない

 

いちいち 細かいことへのチェックよりも

全体として 最近こうなった こうなってる感じ?

という感覚重視で過ごしていた方が いいみたい

 

そんなことの中に

あれほど 納豆が嫌いな私が

最近、 ほぼ毎日(毎朝) 納豆卵かけご飯を食べている。。。。。。

これはね 私にとっては 私の食生活にとって

革命ともいうべきことなのです。  いや 革命じゃなくて

私のこれまでの 勝手な認知機能が 「納豆キライ」行動を

何十年も強いてきたのかもしれない

だから ついに 認知優位帝国を

「お前の身体が 納豆求めてるんだから 食えよ!」という

身体帝国が ついに ボコボコに攻撃して 屈服させたのかもしれない

 

実際 食べていて いや、その前に食べる準備をしていて

特にあの 納豆のパックを開けて ダシとカラシを入れて

かき回す行為 あのねば~~~~~~~~~~~~~~~~~と

実に 美しくない あの ヌルッとして  このヌルヌルを

どうやってきれいにできるというのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と フッと感じながらも 認知しながらも

身体は 手は 混ぜてる かき回している・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その日 人と会わない時は 生ニンニクを混ぜたりして。。。。。。。

(もういい これくらいにしよう。。。。。)

とにかく たべてしまっている。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

身体が 神経たちが  食べたい食べたいと 大騒ぎだから。。。。

「うまい?」 私にはまだ そんな認知はしていない

なんか 身体はよろこんでる? みたい?……って感じ。。。。。

うれしくなんかないです

 

 

最近、 眠りは浅いかもしれない

寝付きも前ほどよくないけど 

もう焦らなくなったかな  1時間グズグズしてても

まあ そのうち眠れるかなと

でも覚醒する時間は だいたい 午前6時前後が基本

身体のタイマーはけっこうまじめ?

 

大きな変化は

夢はけっこう見るけど

昔のような 悪夢は見ない

寝ている時に 「あ、これ夢だな…」と感じていても

その内容は 決して売れないドラマのような内容かな

淡々としたストーリー?

だから 決してイヤな後味はない

 

こんなこと なかった

20年間ほどベンゾ眠剤を飲み続けていた頃は

ジェットコースターのような睡眠だった

気絶のように寝るか 悪夢か 寝汗か 病的ないびきか。。。。。。。。

 

そんな「記憶」だけは今でも残っているから

今は OK だと 「わたし」は言ってる。。。

 

やっぱり あったかなほうがいいみたい