ほとんどブログが メモになってきた

やはり 見られることを意識してきたから

よけいに 更新が進まないのもあるだろうが

それでも 書き留めておかないと… 記録しておかないと…

という気持ちも はっきりとある

それは それだけ 日常の生活の中で

自分のことを 気軽に話せる人が激減している生活だからか

そして 離脱症状のことを気軽に話せる人が

リアルな生活の中では 皆無だからかもしれない

 

私は 納豆が大嫌いだ

あの見た目も 食感も 臭いも な~んも美しくない 汚い!

ただ 安くて栄養があることは 理屈ではわかってる

つれあいは 普通に食べてるから まあ1~2ヶ月に1回は

食べてたかな。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

でも、なぜか 最近 食べてる・・・・・・・・・わたし。。。。。。。。。。。。。

自分から スーパーで納豆の3個パックを買ってる。。。。。。。。。。。

自分なりの食べ方で

つれあいは 何も言わない

 

今だから 感じることがある 

なんか なんか……

身体が求めている感じがするのです 最近 離脱生活の中で…

以前は ニンニクをたくさん食べてた

特に夜や休みの日の日中でも 

おろしニンニクのチューブを買って(徳用)

ラーメンに入れたり 醤油といっしょいまぜて 付けて食べたり

むさぼってたかな・・・・

 

でも、それはちょっと下火になってからか…

急に 急に あの「きたない」納豆が食べたくなってる

そう 決して 「おいしいから」とか 「たべたいなぁ~」とか

「これはうまい!」なんて 喜んで食べることは ない!

それは 私の 食の好みの感覚 昔からある好き嫌いの感覚 嗜好

 

そう 「身体が求めている」 「身体が 摂取したがっている」

「細胞が」 「肉体の中の 何か」 「神経の 何か」??????

そんな感覚って これまでの人生 なかったんじゃないかって思う

そう そんな「違い」が なんか なんか わかるのだ  そう

 

こんな生活の日々の中でも!!!!!!!!!!

 

不思議だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

タンパク質?

 

人の好みって 偏りがあるもんだと思っているけど

意外にも 「自分にとって」 必要だと思っているから 欲しがってるから?   必要以上ではなく 必要なだけっていう感覚って

どこか 自分のため?  いや勝手だな。。。

 

とりあえず 私の気持ちではなく 私のポンコツの肉体が

求めるままに  食わせてやろうと思ってる

 

だから

私は ほぼ ひきこもりだ

これまでの人生でも 社会的ひきこもりの時があった

今でもそれは後悔してない そう 必要な時間だった 過ごし方だった

 

(おまけ)

毎日入浴して 上がるとき

私は タオルを冷たい水で絞って 身体をふいている

冬の今は 確かにひやりとするが もう何十年も続けてるから

それも習慣になって イヤじゃない

絞った水の入ったのを 足にかける ザバッと

キュッと ヒヤッとするけど それがいい感じ

これも 身体が求めてる感じでもある

 

トイレに入るとき スリッパを履いて入る

出る時は 後ろ向きに出て スリッパは

また入るときに 履きやすい状態で 出る

 これ、私が子どもの時 小学生か中学か

子どもの雑誌に 出てた

 

 自分が死ぬとき あの世に行く時

地獄か天国かの 選別にあうとき

神様だか 閻魔様だかに 問われる

「おまえは 生きてきた人生で ひとつでも 人のために

これだけは やってきた というものがあるか?」

 その時に 堂々と 答えられるように

「私は トイレのスリッパを 次の人が入るときに 履きやすいように

 いつも そろえて 脱ぎました」って

 

どんなときにも 一人暮らしの時でも

ずっとやってきた  何十年も。。。。

こういうのって 他にあるかな。。。。。。

 

なんだ この内容は。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。