「いきなり断薬」は止めろと言われても、 私にとっては

もう 遅いわ! が現実である  私の場合

今後、どんなに その離脱生活が苦しくても 

再服薬はしないと思う  

 

おそらく、今、ベンゾや向精神薬の問題が徐々に明らかにされたり

嶋田和子さん(かこさん)の「減薬・断薬サポートノート」のような、アシュトンマニュアルよりずっと 出会いやすく 読みやすく わかりやすいものが 世に出ていても、 まだ それさえも気づかずに、 今も

ひょっとして 明日初めて どこかの精神科(心療内科も同然)に行って 「いきなり診断~処方(投薬)~服薬」生活に入る人もいるかもしれない  ほんとんど 何の説明もないままに。。。。。。。

 

 そして、アメブロをはじめ 様々なネットサイトに あるとき

出会って、???と思いながら、 突然 自分が服用している薬

の正体に気づくのだろうか。。。。。。

 そのとき どんなサイト どんなブログに出会うかで

ひょっとしたら その人の 生活の再スタートが左右されるかも

しれない

 

私のように あたかも  自分だけが知らなかったと思い 同時に

こんなに 「減断薬○年たちました」という文章に出会って

私も・・・・と焦りながらも   今日やっと1ヶ月・・・・と

数え始めるのだろうか

 

私は なぜか 何ヶ月目と意識することより まだまだ まだまだ?

自分の身体の中で 何が起き続けているのか

自分観察と自分研究に明け暮れているようだ。。。。。。。。。。。。

これって なに? これって どういうこと?   と

 

毎日 毎日 自分の心身に起きていることを とりあえず

その日一日 つきあって 過ごして 感じて 感じて 味わうように

そのうち その感覚に 自分の言葉を 名前を 付ける作業を

繰り返す その日々。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

かこさんの書くものは やっぱり わかりやすい

かこさんは「当事者」ではないが、 おそらく「当事者」以上に

「当事者」の体験談を たくさん 寄り添うように 聞いてきたのだと

思う 

 

よく 「この苦しみは おなじ病になった者しかわからない・・・」

という言葉を聞く

 そうだろうと 思わず頷いてしまうように 思うが

じゃあ その苦しみをわかるためには 同じ病に 同じ症状を

もたなければ ならないのだろうか 同じじゃなければ

ならないのだろうか    じゃあ 「おなじ」ってなに?

「ちがい」って なに?

 

私たちは なにで どこで 出会えるの? そうそうって言えるの?

 

じゃあ 症状が重ければ 苦しみが大きければ

それは 生き辛さの比較基準になるのだろうか 

おかしな優劣になるのだろうか

 

私の「弱さ」は?  私の「いたみ」は?  私の「傷」は?

その根っこはなに?  ずっとずっと奥に流れて 在るものは?

そこから 自らを振り返りたいし  まわりを見直したい

 

年を重ねることの意味を この10年ほどの間にちょっと感じてきた

世の中が まわりが ちがって見えてくることを実感している

なんて考えながら 感じながら これからは もうすこし

ゆっくり生きてみたいと思っていた 長い階段を ゆっくり

降りるように 降りていくように

 

そんな時に 「ベンゾ」という言葉を知り  あらためて

向精神薬の意味 いや 正体を知るなんて。。。。。。。。。。。。。

空から 突然 告知をされたようだ

そして 主治医に言うと 返ってきた言葉は

「そんなはず ないけどなぁ・・・・・・」だった

 

これが もし 10年前だったら  20年前だったら

どうしていただろう 

私のことだから きっと いろんな行動に出ていたかもしれない

闘おうとしていたかもしれない  何と 誰と? なんのために?

 

向精神薬の断薬生活が 明日で6ヶ月になる

今 どの辺にいるんだろう (ステージやステップじゃない!!)

何度も 振り返りながらも 今を見つめたい 私の身体だから

私の人生だから 誰からも規定されたくない 名づけられたくない

 

25年あまりの 向精神薬服用生活だった

でも、 なぜか 同じ薬を 増量して飲んだことは ほとんど

なかった むしろ 自然に 間引いてきた

眠れなくても  ずっと得意だった「がまん」で過ごしていた

きっと 今でも 自虐的なんだろう

 

私の知らないところで 私のブログを見てくれている人が

いるということも知った 

8ヶ月前の私のように  ある日突然 知る人のためにも

いつも わたし を わたしのことば で 語っていたい

狭い狭い 業界用語ではなく

私の人生の中の  私の日々の生活の中で 生まれる言葉で

喜怒哀楽たっぷりに