ころんでもタダじゃ起きない

これは、私が子どもの頃から意識してたこと

クソォ~ 今に見てろよプンプン

(三人男兄弟の末っ子の特性か・・・・時に上二人が結託して、私をいじめ、悔しくて私は、包丁を持って追いかけたことがあった。。。ガーン

 

今日、痛みのことでブログを書いたが、中途半端に終わったので

また書く(ここでは上手にまとめて書く気はないので・・・)

 

 先の「痛みの移動」について、左肩の痛みの雲隠れを意識することはできたが、やはり「まだまだ、あるある」痛みというか、「凝り」がある。

それは、首と肩だ。

 これについては、いろんな方がそれぞれに書いておられたが、

正直、はじめそれをスルーしてしまっていた。

 なぜなら、「その程度のことは、ずっと昔からあるからなぁ~」と。

耳鳴りについては、ほとんどお友だちになっているが・・・・とまだこんなことを言っている。

 なぜスルーしていたか。ひとつは、これも自律神経失調症による私にとって避けられない弱さだと思っていたこと。でも、振り返ればそれは常にあったわけではない。

 また、生活習慣で、ただの運動不足や姿勢のせいとか・・・

 

やはり、ベンゾ眠剤「ほとんどいきなり断薬」の報復で、あれもこれもてんこ盛りの症状が怒濤のように襲ってきて、症状の重いものが常に全面に出てしまい、「それまでもあるある」症状については

 「ちょっと、あなたたちは、そこで待ってな。他に大変な新人の症状さんが暴れてるから、そっちのお相手をしないといけないからね…」と。

 

 それで、とりあえず、様々な症状が出そろい(まだ書いてないこともある)、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、一休みできる時も出てきたので、

あらためて、思い出したように、

 「あっ、あんたたち、ああ、そこに待ってなって言ったんだっけね…」というわけで、首や肩の凝りは、やはり、かつてのようなものではなく、特段に症状としてほとんど常にあると、いまさらのように自己認定した。

 

 ○離脱症状は、ベンゾ薬物常用量依存にもよるが、その症状のあり方は、自分のそれまで「弱い」部分においては、さらに強く出る。

 

まだすべての症状を把握して、まとめ終わったわけではない。

 

それに、最近、いつもではないが、それまではなかった「吐き気」が時々、なんの根拠もなく(何か食べた後とかでなく)感じることが出てきてる。

 それに、左手首や、左足首の《軽い痛み+凝りのような》症状も、気になることではある。

 

痛みや違和感は、全身を外からの侵入者(インベーダー)のように、またはゾンビのように、私の全心身を巡り、弱い部分を探し回り、あれば、容赦なくいじくりまわす敵のようにも感じる。

 

でも、本当にそれだけだろうか・・・・ 完全に「敵」だと思っていいのだろうか。。。。。

 

やはり、それは「インベーダー」や「ゾンビ」だと思っている、そいつらは

私がかつて、「在るのに、亡いものたち」にしてしまったものたちではないだろうか

 「感じているのに、感じないふりをして、無視してきたものたち」ではないだろうか  また さんざん私に

 「何度も何度も、叫ぶように、窮状を訴えてきたものたち」ではないだろうか。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

そう、みんな私が無視し、黙殺し、ゴミのように扱ってきた

様々な感覚ではないのか???????????????

 

それがいま、薬物の壮絶な攻撃に長年遭ってきたにもかかわらず、

ぼろぼろになって、ゾンビのようになっても、

この年になってしまった私なのに

それでも、 「たいへんだ! たいへんだ! なんとかしてくれぇ~」って

息も絶え絶え、這うようにして、私の全心身にしがみついてきているのではないだろうか。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

私は今、やっと それらのことを  それらの事実を 現実を

認める   そして

イメージする!

Imagine!

 

私は、私の特性として、それらを頭の中でイメージしている

絵は描けないけど、 私の中では、常に 

映像として イメージされている

 

それも、 私に 私の身体の声を 聴くことを 回復させてくれた

地元のタイ古式マッサージのセラピストさんとの出会いは大きい

ベンゾなど、ほとんど意識もしてない時に

やはり、無意識に 自分の心身のおかしさが漂ってきて

あることがきっかけで、 ネットでさがし

近所にあることを知ったこと

 

離脱症状で、 ほとんどいきなり断薬で

いっきに襲ってきたてんこ盛り症状だが

私の場合、無意識に いろんな待ち受け体制が

いくつもできていたのかもしれない

 

いや、それって、実は、自分自身の中にあるもの あったもの

それそのものなのかもしれない  ただ ただ 気づかなかっただけ…

 

そう ということは 答えは こたえのほとんどは

自分の中にある のかもしれない