私の知り合いのシンガポール人女性、仮にSさんと呼ぼう。このSさんが大学生のころ、第2外国語で日本語を取っていた。私と知り合いだったので、分からないところをよく聞きにきた。最初は快く教えてあげていたのだが、徐々にエスカレートしてきて、自分でやらなくなってきた。ある時、旅行日程かなんかを作る宿題かプロジェクトを全部やってほしいと頼まれた。私は「あなたの宿題なんだから自分でしたほうが自分のためになるから。」と言ったのだが「これは、点数に大きく響くのでいい点を取りたいの。」と言う。更に「他の生徒もみんな自分でやらないで日本人に頼んでいる。」と言って引かない。仕方なくやってあげた。
これはずいぶん前の話でこのSさん、シンガポールではエリートで子供のころからよく勉強ができたそうだ。大学も良い大学にいっていた。だけどなんとなく、点数のためなら人に頼んでも、というずるい態度が、あまり好きではなかった。
ある時、「日本の着物のあのうしろについているかばんみたいなものは何?」と聞かれた。帯のことを言っているんだ、と思ったのだがきれいな飾り帯が、かばんに見えるとは、結構ショックだった。この方、一事が万事そんな感じで感性が欠けていると言うか、確かに勉強はできるかもしれないが、どこかバランスが取れていない。他にもフランスのベルサイユ宮殿を知らなかったりと、一般常識に欠けている気がした。だけど、「歴史なんかを知っていても、お金にはならないしね。」と負けず嫌い。典型的なキヤンスー(負けず嫌い)シンガポール人だった。
日本にツアーで来たとき、後で日本の感想を聞いたのだが、「京都は観るところがなかってつまらなかった。」と答えた。あの歴史の宝庫の京都をつまらないと言う。
私より少し若いが、シンガポールではエリートのこのSさん、今は証券会社で仕事をしている。確かに仕事に歴史や一般教養は関係ないかもしれないが、なんとも薄っぺらな女性に見えてしまうのは私だけだろうか。日本語はこの調子で大学でよい点は取ったようだが今も話せない。Sさんを見ているとシンガポール教育の弊害が見えてくる気がする。みんながみんなSさんみたいではないと思うが、私の年代の人は結構こういう方は多い。