ちょっと変なタイトルなんだけど、タイトル通りこの国の老人の考え方が明治時代の日本人のようだと考えたことがある。

シンガポールが今のようにビルだらけで近代化になったのはつい25年間のことだと思う。私がきた頃はもうかなり都会だし、日本のデパートも大丸とかがあった。街自体は日本の都会とあまり変わらないそれどころか、私が育った山に囲まれた田舎よりずっと便利がいいと思った。

だけど住むうちに気がついたのはシンガポール人の考え方が日本人とはすごく違うということ。それは年寄りは特に迷信をすごく信じているし、私くらいの人も同じようなことをいう人がいる。例えば、妊娠時は、黒い色の食べ物を口にしたら、色の黒い子供が生まれるとか、これを信じているので妊娠時、醤油を掛けようとして止められたことがある。産後は一ヶ月シャワーしない、頭を洗わない、とか今の若い人もそれに従う人がいてびっくりした。水を触ってもダメだそうだ。理由はリュウマチに歳をとってなるからだと、、、叫び

昔日本でもそんな風に言われていた。それは明治生まれの祖母が迷信深かった。あの時代の人はほとんどそうだったと思う。でも母の世代はそんなこと言わなかった。でもここは現在でもこういう迷信がまかり通っている。私の子供が小さい時バレエやピアノを習わせたのだが、普通に、シンガポール人の友達も熱心に習わせていた。だけど、親が子供の頃ピアノを習っていた、と聞くのはすごく少数。私の子供時代は、ピアノ、そろばん、習字、と習っていたが、友達もみんな習っていたけど、私世代シンガポール人が、お稽古ごとをしていた人は当時の金持ちの子供らしい。私の子供時代とシンガポールの子供の塾事情が似ている。

結論からいうと、私の独断と偏見なのだが、日本とは一世代ずれている気がする。つまり私の母の世代は祖母と考え方が似ていて、私の世代のシンガポール人は母世代の人と考え方が似ているということ。そしてやっと娘時代が私の世代とマッチする気がする。

説明わかってもらえたかな。かお
島倉千代子さんの人生いろいろではないが、ブログをしていて、書くだけではなく人のも気になり訪問する。そして感じるのは人生いろいろだな、と思う。ブログの数だけ人生がある。

ポジティブなブログから、ネガティブなつぶやくようなブログまで、様々だと思う。そして思うのがみんな一生懸命生きてらっしゃるのだなて。私自身はあまりネガティブなことをブログに書きたくないのだが、そういうのをあえて書くのも勇気がいることだと思う。あえて反感を買いそうな記事や、心の内を書く方のブログも実は好きだ。一方、ポジティブなブログからは勇気をもらえるし、発信していくことが大事な気がする。

ただ、生きていくのには、私も若くないし今までの経験からだとやはりポジティブに物事を考える方がいろんなことが好転する。ネガティブだと、負の連鎖が起こったり、またネガティブな人を引寄せてしまう。これは自分の経験からも言えることだ。だけど病気とか心の病の場合そんなに流暢なこと言ってられない、とお叱りを受けるかもしれないが、それでも人生は一度なので、出来れば楽しく笑いの多い人生でありたいと思う。それは心の持ちかたで、どんな状況の人にでも当てはまるとのではないかと思う。

私のつぶやきでした。

日本ではすぐに食べられるがシンガポールではなかなか食べられないもの。それは、かにクリームコロッケ。ナイフとフォーク

日本ではコロッケや、かにクリームコロッケは、コンビニやスーパーの定番。一個100円前後で買える。ところが、ここシンガポールはコンビニ、ローカルスーパーでは売っていない。日系スーパーでは冷凍ものが売っているとか、一個2ドルか3ドル、日本の3倍で売っているのを聞くが、そんな高いもの手が出ない。叫び

息子が好きで日本に帰国すると毎日コンビニでおやつ代わりに買っていた。シンガポールに戻ったら、当然なかなか食べられないので、先週クックパットを見て作ってみた。結構簡単で、大量に作れる。しかも味は日本で食べたものそっくりにできた。グッド!

コロッケは作るが、かにクリームコロッケはなんかめんどくさそうで、作ったことがなかった。中のクリームは簡単だが衣をつけるのがちょっと面倒だった。

だけど、子供が喜ぶので、作ってよかったと思っている。大量に作って冷凍しておくと便利です。ニコニコ



レシピはこちらダウン
http://cookpad.com/recipe/1391001
朝のNHKの連続ドラマ、花子とアンを観ているのだが、仲間由紀恵さん演じる蓮子さんのモデルは実在だった柳原白蓮だとすぐに分かった。

もうずいぶん前だったが、テレビで歌人柳原白蓮のことをやっていて、林真理子さんが、柳原白蓮の自叙伝を『白蓮れんれん』で書いているのを知って読んだことがある。大正3美人と言われ、美貌の歌人として、大正から昭和にかけ、ドラマチックな人生を生きた女性でとても興味を持った。

大正天皇の母の姪にあたり伯爵令嬢として生まれるが、15歳で家と家の取り決めで結婚させられ、16歳で子供を産んでいる。その後離婚し実家に出戻ったが、居場所がなく、しばらく花子が通う女学校の寄宿学校で過ごしたようだ。異母兄が当主の伯爵家は財政が苦しく、白蓮は九州の炭鉱王の元に政略結婚させられる。文学少女で知的な白蓮と炭鉱王の伊藤は全く不釣り合いだったが、たたき上げで、学歴もなく一代で財を成した伊藤には伯爵令嬢は魅力的だったのだろう。

結局白蓮は、複雑だった伊藤家での息の詰まるような生活に耐えきれず、それを歌に詠み、有名になっていく。そして、道ならぬ恋をして年下のジャーナリストの男性と出奔。その当時かなりセンセーショナルだったようだ。

波乱万丈の柳原白蓮の人生、また読みたくなってしまった。


今日のシンガポールは雨で27℃。少し涼しくなった。でもここ数日間、35℃の蒸し暑い天気が続いていた。もうあまりにも暑いので、日中は扇風機の私もさすがに耐えきれずエアコンをかけていた。晴れ

今週は仕事が少し忙しく、ほぼ毎日学校のオフイスに行っていた。家でも仕事はできるのだけど、学校は冷房完備で、当然コンピュータープリンターコピー機があるので、授業が終わったあと残って色々とやっていた。あせる

私の所属する外国語センターは国際色が豊かで、シンガポール人、中国人、香港人、台湾人、韓国人、ドイツ人、フランス人、と語学を教える先生達がいる。私達の共通語は英語で、オフィスにいる時、仕事の合間にお喋りをするのも楽しい。

皆さん英語が母国語ではないけれど、当然とても英語が上手だ。ただそれぞれ訛りがある。ドイツ語の先生などドイツ語訛りがきつく最初分かりにくかったが、聞くうちに慣れるから不思議。最近入った韓国語の先生も、一人は子供の頃オーストラリアに移住して中学高校大学と過ごしたので、ネイティブな英語で、オーストラリア人のように話すので分かりやすい。もう一人の先生はやはり韓国語訛りがあるようだ。たまに分からないけど、もう一度聞くとゆっくり言ってくれるので大丈夫。そういう私も多分日本語訛りの英語だろう。目

ここではそんな訛りなど気にしないで英語で喋りまくる。皆さんとってもお喋りで、いろいろな国の人の話を聞けるので楽しく、また世界が広がる。知らなかったことを教えてくれたり、共通の話題や、意外な考え方に触れたりすることもしばしばある。最近話している韓国語の先生たちとは、結構ドラマの話で盛り上がった。私は以前観た、韓国ドラマの話で、向こうは日本のデスノートなどを観ていて、国は違っても共通の観ているドラマで仲良くなってしまう。お洒落な中国語の先生はもっぱら美容のこと。

外国語センターは、国、人種関係なく皆さん和気あいあいと仕事をしている。国と国ともこうであったらいいのだけれど。かお