ごきげんよう。

最近の私にしては、久々に?!忙しい1週間を送っていました。

 

土曜は古民家でピザ作りをしたり

日曜はレゲエフェスに行ったりと

 

週末、セロリ(娘)と過ごす時間も

珍しくwとても充実していました。

 

やっぱり人混みはまだまだしんどく感じてしまうけど、

私なりに平日の予定も含めよく活動した1週間。

 

最近"不登校”というキーワードが

何故か気になっていて

 

不登校カウンセラーの方とお話しする機会があったり

不登校の子供たちの居場所を運営されている先生と

お話をしたり、不登校に関しての動画を見てみたり。

 

私自身が、中学生の頃、がっつり不登校&ひきこもり。

高校も公立高校に入学したけど3ヶ月でやめてしまい

単位制の高校に編入。

 

高校卒業後、

専門学校に入学するも1年もしないうちに辞めてしまい

 

そんな根っからの学校大嫌い、

学歴の学の字もありません、、、くらいな人間ですが

 

ご縁があり、素敵な会社に在籍させていただいております。

が、やっぱり休職中w

 

そんな救い用のない人間ですが、生きていけてます!

(もちろん色んな方々のお陰ですが。有り難や🙏)

 

まぁ、そんな元から社会という場所が

あんまり合わない感じの人間なので

 

子供に求めることも必要最低限....

っていうかほぼ何も求めてない。

(〇〇になってほしいとか、この学校行ってほしいとか)

 

 

子育ての目標は一応ある、

 

将来自活できる

思いやりがある

自分で考え、決断、行動ができる

失敗しても学んで進める

自分の意見を持ってるけど柔軟性のある考えができる

助けて欲しい時に助けてと言える

 

人間に育てること。

(けっこう多いやないか、目標w)

 

こんなこと

いうてる割に子育ては

至ってテケトー。

 

なんやったら

Youtube とNetflixに子育て任せてもうてるw

(誹謗中傷は受け付けてません。)

 

ただ、目標が↑なので

自分でさせるところは全部自分でさせます。

 

お洋服選びも2歳くらいから

自分で選ばせる練習をしてみたり

 

(よほどフォーマルなイベントや時間がない!って時以外は

毎日自分で選んでもらってたような気がします。

 

で、私の母にそんなん親がきめたらええねん!

と言われたけど、私はこういう小さいことの積み重ねが

本人の土台を作ると思ったので、母の言葉は無視させて頂きました。

 

※なぜなら、私が小さい時、母が選んだ服を毎回着ていて

自分で何を着るか選べる年齢なのに

何を着ていいかわからない時期があったので。)

 

あと、

 

何日も弁当箱出してなくて

洗ってなかったら

 

カビが生えてようが

本人に洗わせる。とか。

 

 

気分的に行きたくないとかで学校

休んでもたまになら怒らないけど、

 

明日はいける?

とか

じゃあ、今日何する?

 

と全然圧のない感じで普通に聞きます。

もちろん本人の様子がおかしい時は

何か話したいこととかある?

 

と聞いたりもする。

 

本人が完全に学校嫌がってるなってなったら

一回、自然の中に連れてって思いっきり遊ぶ日

作ったりね。

 

あと、学校嫌なだけなら

変えればいいから、

 

公立から今の学校に変わる時、

本人に聞きました。

 

どうしたらいいと思う?って。

違う学校やったらいけそう?と。

 

セロリの場合嫌なことを聞き出して、

学校を変えればクリアできそうだったので

 

セロリに合いそうな学校を探し

セロリ自身に体験授業も受けてもらったり。。。

 

今思ったら、その労力、親子共々

結構大変やったけど

 

結果、親子共々満足できて

娘が楽しいと言ってくれる

学校に出会えたので良かった。

 

全てのケースが必ずしもスムーズに解決とは

正直ならないかもしれないけど

 

自分が不登校の時

親にされてめっちゃ嫌だったこと

 

・毎朝学校行きなさい!のバトル

・学校行かなくなっていいよ、となった後はほぼ放置プレー

・子供の意見を聞かない、奇跡的に話を聞いてくれたと思ったら、

「あんたそんなん、ごにょごにょごにょ!」と親の価値観を押し付けてくる

 

全部その逆をしたまでのこと。

 

・バトルは死んでもしない。

 

・学校は基本行っても行かなくてもいいというスタンス。

他に行けそうなところがありそうなら一緒に探す、でも無理強いはしない。

(学校行かなくても人生どーにでも生きていけます。私自身が実証済みなので。)

 

・子供の意見をしっかり聞く、

「そっかー。そう思ってるんかー。話してくれてありがとう。」共感しつつ

子供の意見通りにできることがあったら、できるだけやってみる。

 

無理そうなら、「ママの思いちょっとだけ聞いてもらってもいい?」と許可をとった上で

「ママはごにゃごにゃごにゃでごにゃごにゃごにゃと思ってるよ。どう思う?」

みたいな感じで普通に会話すればいい。

イライラ口調、怒り口調で言えば言うほど子供の耳も心も閉じていきます。

 

「いらん!聞きたくない!」って言われたら、そっか、わかった。

また聞けそうな時に聞いてくれたら嬉しい。とでも言っておいて一旦そっとしておく。

 

うわーここまで書いてめっちゃ長くなった。

まぁつまりは、

子供を子供として扱わず

1人のいち人間として対応します。

 

 

そしてこれは私が思ってる感覚なのですが

 

《この子はもうすでに自分のやりたいこと分かって生まれてきてる》

 

だから、私はどうそれをサポートしていけるかなー

どうしたら、この子の意思と自立を促しつつ、

彼女がイキイキ生きれるように導けるのかなー

 

と思ってます。

 

んまーかなり偉そうに言うてますが

自他共に認める全然できない超テケトー母ですw

 

素敵な1日をお過ごしください◡̈

Chikako

 

 

 

 

ゆっくり、ゆっくりと一歩ずつ

こころの中の余白と本来の自分を

取り戻している 今日この頃。

 

予定がいっぱいで

楽しい予定も

ただただタスクをこなしている

 

そんな日々では感じられなかったことを

たくさん感じてる。

 

Below 0,

アメリカから日本に帰ってきた

この2年間

 

0を心のニュートラルな基準値とするなら

私の心の位置はいつも0より下だった。

 

側から見ればうまくいってるように見える生活も

私の中ではストレスだらけだった。

 

わがままなで無いものねだりなだけ、

と言わればそうかもしれない。

 

"感謝"することですね、

と何人かに言われたこともあった。

 

頭では十二分にわかっていても

行動に移すと

 

ただありがとうと発音してるだけ、

それでも言わないよりマシなんだろうけど

 

心の中で、すんげー反発してくる

反抗期真っ只中の爆発野郎みたいな自分が

常に、何かを訴えてきて

 

感謝ってこんなに

無理やりするものだった?

っと思えるほどの心境だった。

 

以前なら、その辺の工事のおっちゃんにも

あ〜有難いな〜と

自然と思っていた。

 

私の中で感謝は"する"というより

湧き出てくるものという感覚がある。

 

湧き出てくる感謝の感覚が

なかなか掴めない2年間だった。

...休職するまでは。

 

休職中も最初は体と心のアップダウンがかなり激しく

"ゆっくり休む"ことを頑張っている状態だったけど

 

最近ようやく、少しずつ、

夕焼けの空をみて

あ〜きれい、ありがと♡

 

と自然に思えたり

 

真昼間のお昼寝で

もこもこの毛布の感触が

とーっても気持ちよくて

 

脳内と心、環境が静かな中

寝れるって嬉しい〜〜〜っと

 

ただただ心いっぱいの幸せを

感じたり

 

こんな些細なことを

幸せと感じるセンサー

今までぶっ壊れてました

 

ってくらいの感度で

ビンビン感謝や幸せを感じられる

ようになってきた。

 

自分が思う理想の地点へは

全く到達してないけど、

 

今ある幸せを命一杯感じていいし

感謝も誰から言われるでもなく

 

ふわぁ〜

ほわ〜ん

じわ〜っと

 

心の方から

ありがたいね〜♡

 

と感じられる。

それがまた気持ちいい。

 

幸せの循環を感じるとともに

 

"感謝"は心の中に余白があってこそ

湧き出てくるものなんだと

ひしひし感じている。

 

怒りや、悲しみでいっぱいの時

無理に感謝しようとしなくても

 

自分の中にあるエネルギーを

自分に合った方法で燃焼させて

 

スペースをつくってあげると

自然にできるものなのかも知れない☻

 

 

素敵な週末を◡̈

Chikako

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もしないでいる日々だけれど、

 

頭の中はぐるぐる動いていて

(といっても働いている時の

脳の状態よりずっと穏やか。)

 

別れた彼のことも

半自動で頭の中に思い浮かんでる。

 

でもこれって、彼だけじゃなくて、

過去に関わった人と

 

別れた後は、全部そんな感じ。

 

私はきっと"彼"本人が

恋しいと言うより、

 

彼といた時に感じた

楽しさとか

 

腕の中にいる安心感、

 

嬉しくてニコニコしてた

自分の感情、

自分の中のポジティブな瞬間

 

が愛おしくて恋しいんかな

と思う今日この頃。

 

もう、ここに気づいてしまったら

正直、誰と付き合おうが一緒やな。

 

もちろん自分に危害を加えてきたり

明らかに、相手が変な場合、

生理的に受け付けない場合は除いて

 

基本的には自分の今の状態や

潜在意識の思い癖が

関係性に顕著に現れる。

 

自分が整っていれば

関係性も安定するし

 

自分にゆとりがなかったら

相手にも優しくできなくて

相手の態度も変わってきたり、

 

潜在意識に積もり積もった重い想いが

潜んで入れば、お相手が容赦無く明らかにしてくる。

 

そんな中でも、お互い言いたいこと言いつつ

思いやりのある言葉と態度で接し、

お互いに成長できる関係は理想やけど

 

二人で喧嘩しながら乗り越えるという

シナリオもあったりするし

 

この原理から言うと、

自分で関係性はどうにでも変容させていける。

 

自分自身との繋がりを

 

そのお相手を通して、

喧嘩してでも見ていきたい、深めたい...

そこに時間と労力を割いていいと思えるのか

 

自分で自分と向き合い歩んでいくのか

 

というところかな。

何のロマンスもない

超現実的恋愛思考。

 

ソウルメイトとかは、

あるとも言えるし

無いとも言える。

 

出会えたら嬉しいし、

たぶん他の人よりも

ぴったり合う感じ。

 

ただ、絶対そーゆー人に

出会わないといけないと人生開かないとか、

何が何でも出会いたいとか

 

そーゆのは違うのかなーと思う。

 

大切なことは自分がどう在るか。

そこさえ、見失うことがなければ

 

特定のパートナーがいてもいなくても

人生は穏やかに進んでいくんじゃ無いかなぁ。

 

自分自身との関わりを

見せてくれるご縁に出会えたことが

もうすでに幸せかも。

 

なーんて、考えてみる。

 

今日も人間練習しながら地球体験中。

 

すてきな1日を◡̈

Chikako