ブタちゃんのまったり日記 -14ページ目

ブタちゃんのまったり日記

今は2年前から買い始めたベタちゃん達に癒されています
そして、フィギュアスケーター高橋大輔さんのファン、ミュージカルなどの舞台みるのも大好き。最近はあまり参加できていないけど、参加できる範囲でまったり参加できたらと思います。

みなさん、こんばんは〜

お久しぶりですう


この度、思い切って新しくしましたあ

それは、これ



オーブンレンジです


実は私、最近パンを焼くようになりまして

これまでのオーブンでは、パンを焼く際にちょっと不便なことがありまして


まず、発酵機能で温度が40℃までしか下がらない

レシピでは殆どが発酵温度が35℃なんですよ


それとね、食パンを焼く時にね、庫内が狭くてね

天井が低くて、焼く時にね上の部分が上のヒーターに近すぎて焦げちゃうんですよ


何よりね、バケットなどのハードタイプのパンを焼く時に温度が低くて綺麗に焼けないんです

通常はハードパンって250℃以上で焼くんだけど、これまでのオーブンは250℃までしか上がらない


これまでのオーブンは購入してもう20年近く経過してて、かなりくたびれてたので、時々変な音もしてたし

いい機会なので買い替えることにしたんです


で、先日荷物持ち要員で熊を引き連れて電気屋さんへ行きました


どうせ買うなら300℃以上になるオーブンが欲しくて

で、悩んだ挙句TOSHIBA製の石釜オーブンを買いました

石釜オーブンってね、パンやお菓子を焼く人に人気のオーブンなんですよ

しかも型落ちではあったけど機能が充分だし、しかも現品処分でとってもお買い得だったんです


今から使うのが楽しみです

一番初めに何焼こうかなあ

食パンかなあ、それともやっぱりバケットかなあ


うふふ〜



みなさん、こんばんわ〜

大ちゃんのテレビ出演の話題や何より現役続行の話題で持ちきりの中、空気読まずにアップします


定期便のおやつ日記です

先月忘れちゃったので2ヶ月分ですね


4月分からです

まずは1ヶ月遅れの桜餅


3月はコロナクラスターのおかげでそれどころじゃなかったから

道明寺桜餅は何回目かな?そんなに手間はかからないんだけど、何せ量が多いからね

70個分1人で作るのは大変です

デイはいつもは3日間連続で作るんだけど、最近は利用日がかぶる利用者が多くて、なので今年3日目は桜饅頭にしました


意外と上手くできました


お次はフルーツゼリー

みかん缶と白桃缶の種類で作りました



4月最後はクリームあんみつ

お年寄りはあんこ大好きです

黒蜜をたっぷりかけました


ここからは5月分です

5月最初は柏餅


毎年泣かされるんですよね、柏餅

今年はコネの行程で調理員さんに手伝ってもらいました

それと硬くならないように豆腐を生地に入れてみました

色々あったけどなんとか無事に終わりました


お次は和風のカップケーキ


これね、小麦粉の代わりに上新粉を使ってるんですよ

柏餅の時に豆腐を生地に練り込んだため上新粉がたくさん余ってしまったの、で、苦し紛れにケーキを焼いてみたら意外とうまくいってね

上新粉だとわかった人はいなかったよ


最後はコーヒーゼリー

意外とお年寄り好きなんですよ、コーヒー

なのでゼリーにしてクリームをたくさんかけました


以上2か月分でした


みなさん、こんばんわ~

ゴールデンウイークはどうお過ごしですか?

私は基本的には祝日は休みではあるません、なので今年のゴールデンウイークの祝日は土日に絡んでいないので土日以外は仕事でした

 

でも、この連休は姉妹が毎年実家に集合するんです

今年もみんなあつまりました

で、今日の4日にBBQをするって事になり

私は仕事をちょっと早めに切り上げ参加してきました

 

いやー、肉、肉、それに野菜に焼きそば、締めには焼きおにぎりまで

食った食った

みんなはよく食い、よく飲み

しっかりできあがってました

私は飲めないので・・・

 

そんな中、一通り騒いだ後、母親が

「みんなに相談がある」って切り出しました

 

私の実家はかつては縫製工場を営んでいました、職員も10名弱いました

そんな工場も両親が高齢になり、そして父の病気

そして縫製業は海外で大量生産する業者が多くなり、国内の工場は年々厳しい状態になっていました

そのため、父の2回目の入院の時、母は見切りをつけ廃業したんです

 

母屋の隣に、工場の建物がそのままのこっていました

中は倉庫の様な状態になっていましたが

2階には業務用のミシンがそのまま残されていたので

私も時々自分の、ズボンの裾上げなど使ったりしていました

 

その工場の建物は鉄筋コンクリート製なのですが

できてからもう50年以上経過し最近では老朽化が進んで、屋根のコンクリートなど一部剥がれてきたりしていました

なので、その工場を修理してこのまま残すか、壊して撤去するか私たちに相談してきたんです

私もその話は、前から母にきいていました

今回姉妹すべてそろってているときにちゃんと相談しようってことです

 

いろいろ喧々囂々ありましたが

結局は残しておいても活用するすべもなく、また維持費もかかります

撤去もしかたなし・・・って結論でした

 

ただね、心情的には、父と母がこれまで苦労して守ってきた工場です

できれば守ってあげたい・・・でも、それは無理な話です

妹は泣きじゃくっていました

母に「守れなくてごめんね」と言っていました

 

物心ついた頃から自宅の隣にあり、常に父と母が行き来していた工場

工場のからミシンの音が聞こえているのが日常でした

私はそんな環境で育ちました

その工場を取り壊わさなくてはいけない

 

仕方がないこと

いつかは来ることだけど・・・

 

悔しい

悲しい

さみしい

です・・・