何がここまで、この状況を作っているかは分かっている。今の状況を例えるなら、「目に映るもの全てが自分を卑下している」感じ。
これは地獄以外に他ならない。


もう誰とも会いたくもないし、話もしたくない。だが、一人でい続けることはそれと同様に難しい。


光はまだ輝いているが、それは霞み始めている。人生の豊かな綴れ織りと捉えるべきか。
ひたすら、自分が演奏した音楽をケータイで聴く。聴くに耐えない部分もあるけど、素晴らしいぐらい暗くて、カップルが聴く事は絶対に出来ない曲ばかりで良い。



人間の深層心理や信念、アイデンティティーは最後に表れる。例えばファッション・言葉遣い・歩き方・持ち物等がそれに該当する。
だが、そこから自我を深く探ることは私にとってはかなり難しい。そのため、音楽の力を借りる。そこには自分の理解力までもが示される。


この作業は簡単なようでそうはいかない。今まで隠してきたものと向き合わなければならないからだ。誰だってパンドラの箱は開けたくないものだが、私はこの歳になって、好き好んで開けてしまった。そのために、この暗黒の世界をさ迷う羽目になった。


戒律・鍛練・思慮のみが私を救う。
だが、パンドラの箱に底はない。
ブログのタイトルについて。



これはアメリカのミステリー作家、エラリー・クイーンの1971年に発表した長編40作目の日本語版タイトルから取ったものだ。
原題は「A FINE AND PRIVATE PLACE」という。


これ程、ブログの特色と自分の今の状況とを適格に表現している言葉はないな、と思い、これにした。