字の成り立ちとしては


禾と口とに従う。


禾は軍門に立てる標識。

口は祝祷を納める器。


この字においては

軍門で盟誓し

和議をおこなう意である。


ゆえに和平の意となる。


(白川静著『字通』より抜粋)

である。







和の心。




「和」って記すと

どうも特別な感じが
しません?

わたしたち
日本人なのに。



いや、待てよ…

「和」って

気負ったり
こだわるものでも

無い気もする。


対する語意でもある

『洋』をも

淘汰しているスタイルこそ

和(倭)人である
日本人の素晴らしいところ


なんだろうなあって
思ったりする。


そう言えば

『和える』や

『中和』『和合』

さらには『柔和』なんて語もある。



すごく

柔軟なのかも。


それは国として
一国をずっと貫き通している

日本だからこその

柔軟な発展なのだと

(わたしが思うに)
言い表せるのかも。



別にナショナリズムを
語るほどでもない。

わたしは無知だし。



ただ
こんなちいさな一文字を
書いただけで

ちょっと感じたままを
言葉にして
羅列しただけ…

なのだけれど。

そして上記の
漢字の成り立ちにも
関係はないのだけれど。


されど


何か特別な
普段と違うことをしたり

今だからこそ
取り入れたりすることで

和の心を
ちょくちょく感じる(ことをする)

ということは

良いことかなって
思う。


わたしの書も
そのひとつだし。


わたしの書を通じて
身近に
感じてもらいたいとも
思ったりするし。



『感じる書』アーティスト 石川呼穹