
喪に服し、愁う状態が“憂”。
その憂愁に打ち沈む姿を表している。
(白川静著 『字統』参照)
想い悩み、悲しみ、憂いをもった人に
一緒に心配をしている人が
傍で寄り添うさま。
(高橋政己著 『感じの漢字』参照)
そんな成り立ちの
「優」という文字からは
哀しみからではあるが
静けさが感じられる。
美や秀につけて
優美や優秀など
品格をあらわす表現ともなるのは
首をもたげて
足を引きずりながら
歩くさまからという
旁部分の観点からの
しとやかさだろうか。

本当の優しさとは?
人それぞれ違う。
また
その時々の立場上や
表現方法も違う。
誰かが
“憂い”を抱えているとき
わたしは
果たして
「優」しい人として
その人の気持ちに
ちゃんと寄り添って
あげれているのかな?
厳しく言うのも
敢えて
言葉にしないのも
有りで
憂いからの
脱却は
本人次第だけれど
あとから
ありがとうって言われたら
きっとそれが
その人にとって
求めていた
「優」しさなのだね。
『感じる書』アーティスト 石川呼穹
