昨日、一昨日と
なつかしい
もう親戚のような
気分になっちゃうみんなと
過ごした時間はあっちゅう間で
帰って缶ビール飲んだら
夕べはブログUPも出来ず爆睡してしまったよ。
石川呼穹です。
旅はちっちゃいマイカーでとことこぶっ飛ばして
中国道/加西SAで
かじもと号と合流!からスタートでした。
”江原さん”あらため
”えびすさま”の整体師かじさんとは
奥様てるてるも認める仲良しさん!

(↑みつまめちゃんから拝借)
そこからいきなり
旅の最後の話になるのですが
わたしにとってのクライマックスが
帰る前に訪ねた梶本ご夫妻の仕事場
『やすらぎ・整体療院』での出来事でした。

かじさんには
諏訪合宿でご一緒したその時に
「自分も治療室用に何か書いてもらいたい」と
声をかけてくださっていました。
ま、その内容を今回決めましょうかねと言ってたのですが
でも、そう言いながら
実は飾っていただきたい作品が
すでに在って
それを言い出せずにいました。
行く直前に寒波もあったので、山間部へは
車で行けないかなって思ったんですが
どうしても作品を持っていきたくて
そのことは何も告げず
作品を乗っけて
かじさん宅に向かったのです。
で、新しく書くのではなくて
持って来た作品を引き取ってやってもらえないかと
お願いをしたところ
快く受けていただきました。
そして
こうして治療室のいちばんいいところに
作品が飾られることになりました。

『手』です。

この作品は
おととしの初夏に
ある人に書いてほしいと
お願いされて書いたものだったのですが
いろんな事情があり
出来上がりを見せることもなく
箱にしまい
さまざまな想いもろとも封じ込めました。
当時
この『手』は
とても強い
気持ちを込めて書いた
出来映え云々を超える
渾身の作でした。
そんな作品を
気持ちとともに部屋の片隅に
放っておくのが苦しくて
一旦は(予定外に)個展に出して
多くの方に見ていただいて
ホッとはしていたのですが
また行き先も無く
手元で箱に入ったまま眠らせていました。
かじさんちで一度箱を開いて見た時には
ただただ押し付けるようで
かじさんにも作品にも
申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに
治療室に置いてみんなで眺めた
その瞬間に
長く向かい合って来た一連のことが
すべてクリアになっていきました。
先ほどのいきさつを話しながら
作品を見つめていると
涙があふれてきました。
だって
その『手』は
かじさんの手になり
たどって来た現実を
はるかに超えて
ここに来るために出来たんじゃないか?
というくらい
この場に溶け込んでしまっていたから。
みんなといっしょに
この瞬間を共有出来て
ほんとにうれしかったです。
みつまめちゃん、あきちゃん
見届けてくれてありがとう。
そして
師匠からの
「作品はどんな想いで書いていても、書き上がった瞬間から独り立ちしていく。」
という言葉の意味を
また身を以て感じました。
かじさん
てるてる
おふたりの
その愛にあふれた笑顔のもとで
この子が大事にしていただけるから
もう安心。

感謝の気持ちでいっぱい。
ありがとうございます。
それに
書くことが
わたしが生きていくうえで
欠かせないことなんだって
また感じることができました。
この感動を忘れず
心に抱きながら
いい作品を
書いていけるんじゃないかって。
手にした人にそっと寄り添う
わたしだけの作品が
すこしずつ
広がっていけばいいなって
想っています。
心笑 きょうも笑顔あふれる
こきゅう
たのしかった
再会の旅は
また
あとで
遡ります。

なつかしい
もう親戚のような
気分になっちゃうみんなと
過ごした時間はあっちゅう間で
帰って缶ビール飲んだら
夕べはブログUPも出来ず爆睡してしまったよ。
石川呼穹です。
旅はちっちゃいマイカーで
中国道/加西SAで
かじもと号と合流!からスタートでした。
”江原さん”あらため
”えびすさま”の整体師かじさんとは
奥様てるてるも認める仲良しさん!

(↑みつまめちゃんから拝借)
そこからいきなり
旅の最後の話になるのですが
わたしにとってのクライマックスが
帰る前に訪ねた梶本ご夫妻の仕事場
『やすらぎ・整体療院』での出来事でした。

かじさんには
諏訪合宿でご一緒したその時に
「自分も治療室用に何か書いてもらいたい」と
声をかけてくださっていました。
ま、その内容を今回決めましょうかねと言ってたのですが
でも、そう言いながら
実は飾っていただきたい作品が
すでに在って
それを言い出せずにいました。
行く直前に寒波もあったので、山間部へは
車で行けないかなって思ったんですが
どうしても作品を持っていきたくて
そのことは何も告げず
作品を乗っけて
かじさん宅に向かったのです。
で、新しく書くのではなくて
持って来た作品を引き取ってやってもらえないかと
お願いをしたところ
快く受けていただきました。
そして
こうして治療室のいちばんいいところに
作品が飾られることになりました。

『手』です。

この作品は
おととしの初夏に
ある人に書いてほしいと
お願いされて書いたものだったのですが
いろんな事情があり
出来上がりを見せることもなく
箱にしまい
さまざまな想いもろとも封じ込めました。
当時
この『手』は
とても強い
気持ちを込めて書いた
出来映え云々を超える
渾身の作でした。
そんな作品を
気持ちとともに部屋の片隅に
放っておくのが苦しくて
一旦は(予定外に)個展に出して
多くの方に見ていただいて
ホッとはしていたのですが
また行き先も無く
手元で箱に入ったまま眠らせていました。
かじさんちで一度箱を開いて見た時には
ただただ押し付けるようで
かじさんにも作品にも
申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに
治療室に置いてみんなで眺めた
その瞬間に
長く向かい合って来た一連のことが
すべてクリアになっていきました。
先ほどのいきさつを話しながら
作品を見つめていると
涙があふれてきました。
だって
その『手』は
かじさんの手になり
たどって来た現実を
はるかに超えて
ここに来るために出来たんじゃないか?
というくらい
この場に溶け込んでしまっていたから。
みんなといっしょに
この瞬間を共有出来て
ほんとにうれしかったです。
みつまめちゃん、あきちゃん
見届けてくれてありがとう。
そして
師匠からの
「作品はどんな想いで書いていても、書き上がった瞬間から独り立ちしていく。」
という言葉の意味を
また身を以て感じました。
かじさん
てるてる
おふたりの
その愛にあふれた笑顔のもとで
この子が大事にしていただけるから
もう安心。

感謝の気持ちでいっぱい。
ありがとうございます。
それに
書くことが
わたしが生きていくうえで
欠かせないことなんだって
また感じることができました。
この感動を忘れず
心に抱きながら
いい作品を
書いていけるんじゃないかって。
手にした人にそっと寄り添う
わたしだけの作品が
すこしずつ
広がっていけばいいなって
想っています。
心笑 きょうも笑顔あふれる
こきゅう
たのしかった
再会の旅は
また
あとで
遡ります。
