8 1/2 | Un bel giorno di tredici

Un bel giorno di tredici

~ある素敵な13日~

イタリアに関することを中心に、
楽しいこと好きなことを書いていきます。

『8 1/2』

監督:フェデリコ・フェリーニ

「はっか にぶんのいち」と読むそうです。

なんで「はっか」なんだろうね?

 

原題はOtto e mezzoだから、

「はち と にぶんのいち」にすればいいのにね。

ちなみに『8 1/2』の題名は、基本的には

「フェリーニが監督してきた作品の8と1/2本目」

という意味だそうです。

 

簡単にストーリーを説明すると・・・。

次回作のアイディアに苦しむ映画監督・グイド。

精神的に疲れきった彼の世界で、

現実と虚構が交錯していく。

というお話。

 

なんだか、夏目漱石の夢十夜とか泉 鏡花とか

そんな世界観に似ている。

サルバドール・ダリも短編で、こういう映像を撮っているよね。

現代では映画、芝居、小説どのジャンルでも

現実と幻想を行ったり来たりする作品が多くある。

なので、公開当初の人々が受けたであろう衝撃は

私は受けなかったなぁ。

 

でも、でも、でも!

不思議な作品だった。

嫌な感じはしないんだよね。

どことなくノスタルジックというか。
怪しい様な美しいような切ないような傲慢なような。

 

芸術的な観点から見ないのならば、

グイドは、ただの『妄想族』!!

その一言につきる(笑)

 

一番有名な台詞は

「人生はお祭りだ。一緒に生きよう。」

なんだけど、ここだけピックアップされすぎだよね。

『8 1/2』を観た事のない人間は

 

「きっと、ご陽気なイタリア人のお話なんだろうなぁ。」

 

って印象を受けると思う。

実際に私も、そう思ってたし(笑)

 

でも、この台詞の前にも、

グイドは結構長く語ってるんだよね。

 

「全てが元に戻り

 全てが混乱する。

 この混乱が私なんだ。

 

 本当の人生がなんなのか。

 それがなんだか分からないし、

 まだ見つからない。

 そして、恥を感じずに君の目を見る事ができるのだ。
 人生は祭りだ。一緒に生きよう。


 理解しあうために今の僕を受け入れて欲しい。」

 

グイドの様子を見ていると、

彼には自己嫌悪なんて微塵もなかったかのように

思えるけど、最後のシーンで彼の本心が見える。

ありのままの自分を受け入れる事が出来たんだろうね。

 

人生はお祭。

お祭は必ず終わる。

だから一緒に生きて行こうって言ったのかな。

やっと自分の真実が分かったのかな。

 

映画の中では、この映画に対する批判を

羅列するシーンがいくつかある。

 

「批判は分かったから、がたがた言わずに観ろ!」

 

フェデリコ・フェリーニがそんな風に言ってるようで、

面白かった。

 

なによりも!!

グイド役のマストロヤンニがカッコイイ♪

ストーリーうんぬんよりも、

マストロヤンニがカッコイイからグイドのことを

許してしまう部分ってあるよね(笑)