学生の頃、僕はバンドの練習にあけくれ
もうほんとに数多くのオーディションを受けた。

..いいところまではいくんだけど..もう一歩のところで敗退。
実は小さなレーベルには合格したこともあるんだけど
自分は東芝EMIとかCBSでなければ嫌だと、意地をはってた。


..季節は冬。

来春には大学も卒業で、就職を考えなければならないギリギリの
頃。僕は新宿のある公園のベンチに座ってぼんやりしていた。

「どうしようかなぁ..」

「就職して..それで音楽も続けるか..」
「いや このまま東京にいて音楽にうちこむべきか..」

..と ふと顔をあげると そこには焼きいもの屋台をひく
おじさんが そばに立っていた。

僕がよっぽどしょぼくれていたように見えたのか
優しく声をかけてくれた。

「にいちゃん、焼き芋を食べないか?残りもんだけどね。」

僕は当時アルバイト代のほとんどを楽器に費やしていて
極貧でもあったので、お金がないからとおことわりした。

「いやいや いいんよ。お金はいい。..さあ食べな」

そう言って、大きな焼き芋を半分に割ってくれて
差し出してくれた。

僕はお礼を言って、それを受取った。

芋はあたたかくて、美味しくて..今でもその黄金色が
鮮やかに思い出される。

..ベンチの僕の隣に座り、自分も芋を食べるおじさん。
故郷の話をされていたけど、僕はそのおじさんの手をずっと
見ていた。

..まっ黒く、ひび割れた手。田舎からでて来られて
どれだけの年数をこうやって屋台をひかれてきたのか..
おそらくは決してその色が手から落ちることは無い。

..自分の白い、綺麗な手はそのまま自分の心の甘さの
色だった。

自分もまずは一生懸命、仕事をしてみようと思った。


..今でも時々 新宿を歩くたび 耳をすます

あのおじさんが、屋台をひいてる音がするようで。